2014年 10月 16日
悪童日記
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★ネタバレ注意★
ヤーノシュ・サース監督のドイツ&ハンガリー合作映画です。
原作は、ハンガリーの作家、アゴタ・クリストフによるフランス語の小説、“LE GRAND CAHIER”(大きなノート)。
原作では意図的にぼかされていますが、映画では第二次世界大戦下のハンガリーが舞台であることが明確に示されています。ドイツに占領され、後にソ連に「解放」されるまでの期間、「大きな町(ブダペスト)」から「小さな町」に住む祖母(ピロシュカ・モルナール)のもとに疎開してきた10歳ぐらいの双子の少年が主人公です。かれらの名前が明示されることはありませんが、演じているのはアンドラーシュ・ジェーマントとラースロー・ジェーマント。物語は、この美しい双子の兄弟が大判のノートに書き記した記録を辿る形で展開していきます。
原作が世に出たのは1986年のことですが、1991年に堀茂樹さんによる日本語訳が出版された時には、ちょっとしたセンセーションになったような記憶があります。内容もさることながら、ハンガリー人の亡命作家が(というか、クリストフがスイスに移住したのは作家としてのデビュー前だったし、スイス移住後も母国との行き来はあったようなので、「作家」というのも「亡命」というのもあたりませんが)、フランス語という成人後に習得した「外国語」で書いた小説、というのが衝撃的だったんじゃないかな。
折しもこの頃、1989年に長崎出身のカズオ・イシグロ氏が英語で書いた『日の名残り』がイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞したり、時代はやや下りますが、1996年にスイス生まれのデビット・ゾペティ氏が日本語で書いた『いちげんさん』が第116回芥川賞の候補になったり、外国語で小説を書く、ということに注目が集まってもいたのでした。
アゴタ・クリストフがフランス語で小説を書いたのは、あくまで生活上の必要があってのことだったそうですが(ハンガリー語で書いてもお金にならない)、それにしても敢えて外国語で書かれた小説である以上、作家の「物語ること」に対する覚悟が半端なものでないことは容易に想像がつきます。この物語は、内容よりも語り口に意味がある。何が語られたかではなく、いかに語られたかが重要なのです。その意味において、映画化作品は、映像表現ということに関しては細部にいたるまで驚くほどの再現率で原作を映像化することに成功しており、これ以上のものは望めないのではないかと思うほどなのですが、物語の精神ということに関しては、決定的に大事な何かが間違っている、という印象がつきまとうのです。
たぶんそれは、そもそもの前提条件がまず異なるせいであろうかと思います。
映画では、ノートは「優しく教育熱心な」父親の手によって、疎開間際の少年たちにもたらされたものとして描かれています。戦火が迫っても勉学はやめないようにという戒めと共に、日々の暮らしを書き留めなさいと渡されたのです。受け身のフィールドに記された記録は恐らく、終戦後、父親に読ませることを前提とした「ぼくたちの生活の記録」として書かれたものです。ぼくたちこんなに頑張りました。労働は辛かったけど、こんな楽しみもありました。勉強だってちゃんとやりました。こんな人たちと知り合いました。こんな親切を受けました。暴力や虐めには、このようにして立ち向かいました。父さん、これがあなたと離れていた間のぼくたちの暮らしです。
そしてその内容については、「良しあしは問わない、大事なのは事実だけを書くことだ」と説明されています。
原作ではそうじゃない。ノートは少年たちが自身の内的必然のために「自力で手に入れる」ものです。ノートを買う現金を持たなかった少年たちは、町の文房具屋に肉体労働と引き換えにノートをもらえるよう交渉しに行くのですが、文房具屋の店主は(時すでに学校は閉鎖され、文房具全般に対する資産価値が著しく低下していたこともあり)、少年たちの曰く言い難い「不気味さ」に負けて無償でノートを提供するのです。少年たちの不気味さの正体は、いみじくもかれらの父親の口を通して語られています。(以下、原作については『悪童日記』堀茂樹訳、早川書房刊、1992年第7版より引用)。
あの二人は、考えるのもいっしょ、行動するのもいっしょだ。二人で、周囲からかけ離れた、特殊な世界に生きている。彼らだけの世界だ。ああいうのは健全じゃないよ。不気味なほどだよ。うん、実際あの子たちの様子は、おれには不気味だ。とにかく変わっている。いったい何を考えているのか、外からは絶対に測り知れないんだからな。年の割りに、あまりにも大人びているよ。ものを識りすぎているよ。(30頁)。
そうしてそのように、どうしても絶対に手に入れなければならない切迫した事情によって手に入れられたノートに綴られた手記の内容は、「良しあしは問わない」なんてとんでもないのです。わざわざ外国語で小説を書こうとする作家の、その文章について、内容の良しあしを問わないなんてことがあるわけがない。内容の良しあしこそが最も本質的な問題とすら言える。ノートに書かれた内容は、別の紙に下書きされ、何度も推敲を繰り返した後、改めて清書されたものです。それは所謂日記的なものではない。ましてや映画で提示されたような子供の絵日記的なものではさらさらありません。
ただし、ノートには事実しか書かない、というルールは存在します。しかしそのルールは、単なる文章修養上の決まりではなく、内容の良しあしを判定する基準として用いられているのです。事実以外のものが書かれた文章は良くない文章として即刻排除されるという極めて厳しいルールです。そしてここで言う「事実しか書かない」ということは、単に嘘を書かない、創作を書かない、推測を書かない、といったレベルでの「事実」ではありません。
たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし、「おばあちゃんは“魔女”と呼ばれている」と書くことは許されている。(36頁)。
というレベルの、極めてストリクトな縛りなのです。「美しい」という主観表現は、客観的に他者の意見を問えば異なる印象がある可能性があるから却下される。「親切だ」という一見事実に思える表現も、「その時自分に対して親切な行為がなされた」という事実の背後には、その行為者の残虐な一面が隠されているかもしれないから却下される。「好き」という感情についても、クルミを好きというのと母親を好きというのとでは同じ言葉でも指し示す内容が異なるため、精確さや客観性に欠けた表現として却下される。一事が万事この厳しさ。
そうして徹底的に「事実」だけが述べられた結果、この手記は、書き手の感情や意見や価値判断が徹底的に排除されたものになります。一人称(複数形!)で語られた物語であるにもかかわらず、物語を読み終えた者をしてやはり、書き手が「いったい何を考えているのか、外からは絶対に測り知れない」という結論に到達せざるを得ず、主人公のアイデンティティはその行動によって窺い知るしかないのです。
一方の映画は、描かれているイベント自体は完璧に再現されているのに、かなり凡庸な印象です。しかしそれは描かれたイベント自体が凡庸だ、ということでは決してありません。それどころか、クリストフが紡ぐ物語は、物語それ自体が滅法面白い。緻密な観察に裏打ちされた生き生きとした細部を持ち、変化に富み、起伏と抑揚があり、展開から目を離すことができない。しかも残酷な現実描写の中に、たくまざるユーモアまでもが迸っている。作家はとんでもないストーリーテラーなのです。
映画はそれをよく再現していますが、しかし個々のエピソードの解釈について、疑問を感じざるを得ない点が多々あるのです。今述べたノートの来歴に関する件もそうですが、同様の事例は枚挙にいとまがありません。
その中でひとつだけピックアップするとすれば、たとえば少年たちが厳しい冬をしのぐブーツを手にいれた際の、お金の出所に関する描写があります。原作では、少年たちは母親からの送金(祖母の横領に気づいて取り戻したもの)という「まっとうな金」によってブーツを購っていますが、映画では、少年たちは司祭を脅してせしめた金でブーツを手に入れたかのように描かれているのです。
この町の司祭は、少年たちの隣家で暮らす貧しい兔唇の少女に性的いたずらをして、その口止め料としてわずかばかりの金を支払っていたのですが、そのことを知った少年たちが自分たちの入用のために司祭のその脛の傷を利用したという描写です。
原作でも確かに少年たちはそのことで司祭を脅すのですが、目的が違います。少年たちはあくまで冬が越せないほど困窮した少女を助けるために、司祭から金を吸い上げるのです。少年たちの動機は徹頭徹尾利他的なものであって、自分たちに利するために、司祭を脅すようなことが行われてはならなかった。社会通念上のモラルに反する行為を行うについて、それが私利私欲のためになされたものであってはならなかった理由は、それが少年たち自身のモラリティに抵触する行為だからです。
原作では、少年たちの脅しに屈して金を払った司祭が、負け犬の遠吠えのような発言をします。
「私がこういうことをするのを、お前たちの脅迫に屈したからだなどとは、間違っても思わぬように-------。私は、慈悲の心ゆえに、こうするのだからね」
ぼくらは言う。
「それこそまさに、あなた様ならと、ぼくたちが初めから期待申し上げていたことなのですよ、司祭さま」(88頁)。
わたしにはこの少年たちの台詞は極めて大きな意味を持っていると感じられるのですが、映画ではこの台詞は省かれてしまっています。なぜこの台詞が大事なのかと言えば、少年たちが、かれら独自の倫理的世界の中で生きていることを端的に示す台詞であるからです。少年たち独自の倫理は、世間常識からは激しく逸脱していますが、しかし決して妥協を許さぬ極めて厳しいものでもあります。
たとえば少年たちは、自分たちの倫理に照らし合わせてそれが「是」であるのなら、殺人すらも厭いません。かれらが残虐なサイコパスで殺人それ自体を好むから、などということでは決してなく、他者の命を奪うということは、かれらにとっても極めて辛いことなのです。しかし少年たちは、いつかそれが避けられなくなる時に備え、殺すことの辛さを克服するために、家畜や害獣のような「殺す必然性のある命」に始まり、やがては「殺す必要のない命」を殺すことを自らに義務づけて、「訓練」を積んでいきます。それがかれらにとって倫理的に正しいことだからです。
その結果、少年たちは幾つもの殺人を犯していくことになります。
少年たちはまず、親身になって少年たちの世話をしてくれた司祭館の女中を殺します(実際は未遂だが、顔に大怪我を負った女中は、しなくてもいい従軍をして戦死する)。女中は少年たちの薄汚れた姿を見るに見かねて、かれらに入浴させ、衣服を洗濯してくれたのです。少年たちの倫理の上では親切をただ甘受することは是とされませんから、洗濯や入浴の代償に、少年たちの方でも薪などの差し入れを行うのですが、それはそれとして、女中の行為が(多少性的な逸脱があったことは否めないにせよ)、純粋な親切心から出たことであり、少年たちの犯行の瞬間まで「継続して」行われたものであったことは間違いありません。少年たちと女中との間には、良好な人間関係が形成されていたと考えられるのです。
しかし少年たちは、女中が行った、ナチスに連行されていくユダヤ人たちに対するたった一度の残酷なふるまいを罰するために、彼女のストーブに爆発物を仕込み、殺害(しようと)したのです。映画では、女中と少年たちとの継続性のある関係は描かれていませんし、女中の残酷な行為については逆に誇張して描かれているので、少年たちの行為は懲罰よりも復讐的なものとして納得されるのかもしれませんが、原作では今述べた通り、両者の関係性の緊密であることに比べて、女中の犯した罪はあまりに些細なことに思われる。けれど少年たちの倫理観に従えば、あくまでも女中は罰せられるべき存在であったのです。
それからも少年たちは、生きる術も希望も動機も失った隣家の女(兔唇の少女の母親)に殺してくれと懇願されて、彼女の首を掻き切り、家に火をつけます。その後、卒中の発作を起こした祖母からも、自由にならない身体で生き恥をさらすくらいなら死んだ方がよほどマシなのだから、二度目の発作を起こした時には殺してくれ、と頼まれて、やはりその頼みに応じるのです。
それら三つの殺しは、いずれも少年たちの倫理観には抵触しません。それどころか、倫理観に照らせば、敢えて積極的に行われるべき殺人でした。それこそ日頃の訓練の賜物だったのです。だけど、最後の一つはどうだろう。物語の最後で、少年たちは実の父親に手をかけるのです。
少年たちの父親は、戦争中は捕虜となり、戦後は政治犯として投獄・拷問され、ボロボロの姿で少年たちの前に現れます。このままでは殺されるのは目に見えているので、何とかして国境を越えたい、と訴える父親に、少年たちはガイド役を引き受けます。少年たちが暮らした祖母の家は国境のフェンスのすぐそばにあり、少年たちは何年にも渡ってその警備の様を観察してきたのです。国境には二重にわたって鉄条網が張り巡らされているけれど、それを越えるのは何ほどのこともない。巡邏の兵士も時間を読んでやり過ごすことができる。問題は鉄条網の間に設置された地雷原です。これを越えるのは賭けになる。しかし少年たちは「安全に」そこを越える方法を知っていました。
そう、国境を越すための手段が一つある。その手段とは、自分の前に誰かにそこを通らせることだ。(228頁)。
双子は、自ら国境を越えるために、「自分の前に」父親を地雷原に送り込み、その屍を足場にしたのです。この父親殺しは、双子にとって最初にして最後の、自己利益のための殺人でした。自己利益のための殺人? 果たしてそれがこの物語の中でいかように許容されたのか? 代償なしというわけにはいかないことは容易に理解されるところです。だったらその代償とは何だったのだろう?
そこで一つ、映画的表現の中で、どうしても引っかかってしょうがなかった一つの要因が浮かび上がってきます。映画では、少年たちの着こなしが若干変えてあるのですね。一方はいつもシャツのボタンをはずして若干着崩しているのに、一方は常にきっちりと一番上までボタンを留めている、といった塩梅で、ふたりを差別化しようとしている印象があるのです。だけど、たぶん、それこそが何よりもあってはならない演出だったんじゃないかな。ふたりは、ほんのちょっとでも違っていたらいけなかったはず。それは揺るがしがたい大前提なのだと思う。
本来であれば、いかな一心同体の双子であれ、それが双子=ふたりの人間である以上、あって然るべき、というよりなければおかしいはずの異化作用が、この物語に於いては全く、完全に、ひとっかけらも存在しないのです。双子の間には、対話や交流や確認作業などは一切存在しないし、そもそもそうした作業が必要となる差異が存在しない。であれば、ふたりの人間として不可避な要素が欠落しているのであれば、ふたりの人間であるという前提条件を疑ってかかった方がいい。
少年はほんとうに二人いたのか、という疑問は、もちろん明言されていない以上観客の(というよりこの場合は読者の)仮説の域を出ませんし、もちろん少年は間違いなく双子であったのだ、と考えても結論に違いが出るわけではありません。それを前提にこの小説は以下のように結ばれています。
ぼくらのうちの一人が、もう一つの国へ去る。
残ったほうの一人は、おばあちゃんの家に戻る。(228頁)。
鳴り響いていた音楽がいきなりブチッと切れるような不安な幕切れ。
映画ではこの別離について、今まで少年たちが重ねてきた様々な訓練(暴力に耐える訓練、暴言に耐える訓練、優しい感情を退ける訓練、そしてもちろん殺しの訓練)の延長としての、「別離の訓練」であると説明されているのですが、わたしはその解釈では得心がいきません。訓練でないのなら何かと言えば、これこそがかれらの(あるいはかれの)代償であったのだと思う。内なる倫理に抵触する行為、自己利益のための殺人を行うことへの代償が、己の半身との決別だったのではないか。
まあ、とにかくこれが、すさまじくエキサイティングで面白い物語であることは類を見ないと思います。映画としても、ロケーションも色調もすばらしかったですし、何よりキャストが全員文句のつけようがありませんでした。特にやっぱり、双子を演じたふたりの少年は凄い掘り出し物だったと思います。あと、原作のおばあちゃんって、ガリガリに痩せこけてて子供みたいに小さいんだけど、映画のふくふくと肥え太ったおばあちゃんもよかったです。卒中で倒れた後の介護のシーンが大変そうだったけど。
・悪童日記@ぴあ映画生活
ヤーノシュ・サース監督のドイツ&ハンガリー合作映画です。
原作は、ハンガリーの作家、アゴタ・クリストフによるフランス語の小説、“LE GRAND CAHIER”(大きなノート)。
原作では意図的にぼかされていますが、映画では第二次世界大戦下のハンガリーが舞台であることが明確に示されています。ドイツに占領され、後にソ連に「解放」されるまでの期間、「大きな町(ブダペスト)」から「小さな町」に住む祖母(ピロシュカ・モルナール)のもとに疎開してきた10歳ぐらいの双子の少年が主人公です。かれらの名前が明示されることはありませんが、演じているのはアンドラーシュ・ジェーマントとラースロー・ジェーマント。物語は、この美しい双子の兄弟が大判のノートに書き記した記録を辿る形で展開していきます。
原作が世に出たのは1986年のことですが、1991年に堀茂樹さんによる日本語訳が出版された時には、ちょっとしたセンセーションになったような記憶があります。内容もさることながら、ハンガリー人の亡命作家が(というか、クリストフがスイスに移住したのは作家としてのデビュー前だったし、スイス移住後も母国との行き来はあったようなので、「作家」というのも「亡命」というのもあたりませんが)、フランス語という成人後に習得した「外国語」で書いた小説、というのが衝撃的だったんじゃないかな。
折しもこの頃、1989年に長崎出身のカズオ・イシグロ氏が英語で書いた『日の名残り』がイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞したり、時代はやや下りますが、1996年にスイス生まれのデビット・ゾペティ氏が日本語で書いた『いちげんさん』が第116回芥川賞の候補になったり、外国語で小説を書く、ということに注目が集まってもいたのでした。
アゴタ・クリストフがフランス語で小説を書いたのは、あくまで生活上の必要があってのことだったそうですが(ハンガリー語で書いてもお金にならない)、それにしても敢えて外国語で書かれた小説である以上、作家の「物語ること」に対する覚悟が半端なものでないことは容易に想像がつきます。この物語は、内容よりも語り口に意味がある。何が語られたかではなく、いかに語られたかが重要なのです。その意味において、映画化作品は、映像表現ということに関しては細部にいたるまで驚くほどの再現率で原作を映像化することに成功しており、これ以上のものは望めないのではないかと思うほどなのですが、物語の精神ということに関しては、決定的に大事な何かが間違っている、という印象がつきまとうのです。
たぶんそれは、そもそもの前提条件がまず異なるせいであろうかと思います。
映画では、ノートは「優しく教育熱心な」父親の手によって、疎開間際の少年たちにもたらされたものとして描かれています。戦火が迫っても勉学はやめないようにという戒めと共に、日々の暮らしを書き留めなさいと渡されたのです。受け身のフィールドに記された記録は恐らく、終戦後、父親に読ませることを前提とした「ぼくたちの生活の記録」として書かれたものです。ぼくたちこんなに頑張りました。労働は辛かったけど、こんな楽しみもありました。勉強だってちゃんとやりました。こんな人たちと知り合いました。こんな親切を受けました。暴力や虐めには、このようにして立ち向かいました。父さん、これがあなたと離れていた間のぼくたちの暮らしです。
そしてその内容については、「良しあしは問わない、大事なのは事実だけを書くことだ」と説明されています。
原作ではそうじゃない。ノートは少年たちが自身の内的必然のために「自力で手に入れる」ものです。ノートを買う現金を持たなかった少年たちは、町の文房具屋に肉体労働と引き換えにノートをもらえるよう交渉しに行くのですが、文房具屋の店主は(時すでに学校は閉鎖され、文房具全般に対する資産価値が著しく低下していたこともあり)、少年たちの曰く言い難い「不気味さ」に負けて無償でノートを提供するのです。少年たちの不気味さの正体は、いみじくもかれらの父親の口を通して語られています。(以下、原作については『悪童日記』堀茂樹訳、早川書房刊、1992年第7版より引用)。
あの二人は、考えるのもいっしょ、行動するのもいっしょだ。二人で、周囲からかけ離れた、特殊な世界に生きている。彼らだけの世界だ。ああいうのは健全じゃないよ。不気味なほどだよ。うん、実際あの子たちの様子は、おれには不気味だ。とにかく変わっている。いったい何を考えているのか、外からは絶対に測り知れないんだからな。年の割りに、あまりにも大人びているよ。ものを識りすぎているよ。(30頁)。
そうしてそのように、どうしても絶対に手に入れなければならない切迫した事情によって手に入れられたノートに綴られた手記の内容は、「良しあしは問わない」なんてとんでもないのです。わざわざ外国語で小説を書こうとする作家の、その文章について、内容の良しあしを問わないなんてことがあるわけがない。内容の良しあしこそが最も本質的な問題とすら言える。ノートに書かれた内容は、別の紙に下書きされ、何度も推敲を繰り返した後、改めて清書されたものです。それは所謂日記的なものではない。ましてや映画で提示されたような子供の絵日記的なものではさらさらありません。
ただし、ノートには事実しか書かない、というルールは存在します。しかしそのルールは、単なる文章修養上の決まりではなく、内容の良しあしを判定する基準として用いられているのです。事実以外のものが書かれた文章は良くない文章として即刻排除されるという極めて厳しいルールです。そしてここで言う「事実しか書かない」ということは、単に嘘を書かない、創作を書かない、推測を書かない、といったレベルでの「事実」ではありません。
たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし、「おばあちゃんは“魔女”と呼ばれている」と書くことは許されている。(36頁)。
というレベルの、極めてストリクトな縛りなのです。「美しい」という主観表現は、客観的に他者の意見を問えば異なる印象がある可能性があるから却下される。「親切だ」という一見事実に思える表現も、「その時自分に対して親切な行為がなされた」という事実の背後には、その行為者の残虐な一面が隠されているかもしれないから却下される。「好き」という感情についても、クルミを好きというのと母親を好きというのとでは同じ言葉でも指し示す内容が異なるため、精確さや客観性に欠けた表現として却下される。一事が万事この厳しさ。
そうして徹底的に「事実」だけが述べられた結果、この手記は、書き手の感情や意見や価値判断が徹底的に排除されたものになります。一人称(複数形!)で語られた物語であるにもかかわらず、物語を読み終えた者をしてやはり、書き手が「いったい何を考えているのか、外からは絶対に測り知れない」という結論に到達せざるを得ず、主人公のアイデンティティはその行動によって窺い知るしかないのです。
一方の映画は、描かれているイベント自体は完璧に再現されているのに、かなり凡庸な印象です。しかしそれは描かれたイベント自体が凡庸だ、ということでは決してありません。それどころか、クリストフが紡ぐ物語は、物語それ自体が滅法面白い。緻密な観察に裏打ちされた生き生きとした細部を持ち、変化に富み、起伏と抑揚があり、展開から目を離すことができない。しかも残酷な現実描写の中に、たくまざるユーモアまでもが迸っている。作家はとんでもないストーリーテラーなのです。
映画はそれをよく再現していますが、しかし個々のエピソードの解釈について、疑問を感じざるを得ない点が多々あるのです。今述べたノートの来歴に関する件もそうですが、同様の事例は枚挙にいとまがありません。
その中でひとつだけピックアップするとすれば、たとえば少年たちが厳しい冬をしのぐブーツを手にいれた際の、お金の出所に関する描写があります。原作では、少年たちは母親からの送金(祖母の横領に気づいて取り戻したもの)という「まっとうな金」によってブーツを購っていますが、映画では、少年たちは司祭を脅してせしめた金でブーツを手に入れたかのように描かれているのです。
この町の司祭は、少年たちの隣家で暮らす貧しい兔唇の少女に性的いたずらをして、その口止め料としてわずかばかりの金を支払っていたのですが、そのことを知った少年たちが自分たちの入用のために司祭のその脛の傷を利用したという描写です。
原作でも確かに少年たちはそのことで司祭を脅すのですが、目的が違います。少年たちはあくまで冬が越せないほど困窮した少女を助けるために、司祭から金を吸い上げるのです。少年たちの動機は徹頭徹尾利他的なものであって、自分たちに利するために、司祭を脅すようなことが行われてはならなかった。社会通念上のモラルに反する行為を行うについて、それが私利私欲のためになされたものであってはならなかった理由は、それが少年たち自身のモラリティに抵触する行為だからです。
原作では、少年たちの脅しに屈して金を払った司祭が、負け犬の遠吠えのような発言をします。
「私がこういうことをするのを、お前たちの脅迫に屈したからだなどとは、間違っても思わぬように-------。私は、慈悲の心ゆえに、こうするのだからね」
ぼくらは言う。
「それこそまさに、あなた様ならと、ぼくたちが初めから期待申し上げていたことなのですよ、司祭さま」(88頁)。
わたしにはこの少年たちの台詞は極めて大きな意味を持っていると感じられるのですが、映画ではこの台詞は省かれてしまっています。なぜこの台詞が大事なのかと言えば、少年たちが、かれら独自の倫理的世界の中で生きていることを端的に示す台詞であるからです。少年たち独自の倫理は、世間常識からは激しく逸脱していますが、しかし決して妥協を許さぬ極めて厳しいものでもあります。
たとえば少年たちは、自分たちの倫理に照らし合わせてそれが「是」であるのなら、殺人すらも厭いません。かれらが残虐なサイコパスで殺人それ自体を好むから、などということでは決してなく、他者の命を奪うということは、かれらにとっても極めて辛いことなのです。しかし少年たちは、いつかそれが避けられなくなる時に備え、殺すことの辛さを克服するために、家畜や害獣のような「殺す必然性のある命」に始まり、やがては「殺す必要のない命」を殺すことを自らに義務づけて、「訓練」を積んでいきます。それがかれらにとって倫理的に正しいことだからです。
その結果、少年たちは幾つもの殺人を犯していくことになります。
少年たちはまず、親身になって少年たちの世話をしてくれた司祭館の女中を殺します(実際は未遂だが、顔に大怪我を負った女中は、しなくてもいい従軍をして戦死する)。女中は少年たちの薄汚れた姿を見るに見かねて、かれらに入浴させ、衣服を洗濯してくれたのです。少年たちの倫理の上では親切をただ甘受することは是とされませんから、洗濯や入浴の代償に、少年たちの方でも薪などの差し入れを行うのですが、それはそれとして、女中の行為が(多少性的な逸脱があったことは否めないにせよ)、純粋な親切心から出たことであり、少年たちの犯行の瞬間まで「継続して」行われたものであったことは間違いありません。少年たちと女中との間には、良好な人間関係が形成されていたと考えられるのです。
しかし少年たちは、女中が行った、ナチスに連行されていくユダヤ人たちに対するたった一度の残酷なふるまいを罰するために、彼女のストーブに爆発物を仕込み、殺害(しようと)したのです。映画では、女中と少年たちとの継続性のある関係は描かれていませんし、女中の残酷な行為については逆に誇張して描かれているので、少年たちの行為は懲罰よりも復讐的なものとして納得されるのかもしれませんが、原作では今述べた通り、両者の関係性の緊密であることに比べて、女中の犯した罪はあまりに些細なことに思われる。けれど少年たちの倫理観に従えば、あくまでも女中は罰せられるべき存在であったのです。
それからも少年たちは、生きる術も希望も動機も失った隣家の女(兔唇の少女の母親)に殺してくれと懇願されて、彼女の首を掻き切り、家に火をつけます。その後、卒中の発作を起こした祖母からも、自由にならない身体で生き恥をさらすくらいなら死んだ方がよほどマシなのだから、二度目の発作を起こした時には殺してくれ、と頼まれて、やはりその頼みに応じるのです。
それら三つの殺しは、いずれも少年たちの倫理観には抵触しません。それどころか、倫理観に照らせば、敢えて積極的に行われるべき殺人でした。それこそ日頃の訓練の賜物だったのです。だけど、最後の一つはどうだろう。物語の最後で、少年たちは実の父親に手をかけるのです。
少年たちの父親は、戦争中は捕虜となり、戦後は政治犯として投獄・拷問され、ボロボロの姿で少年たちの前に現れます。このままでは殺されるのは目に見えているので、何とかして国境を越えたい、と訴える父親に、少年たちはガイド役を引き受けます。少年たちが暮らした祖母の家は国境のフェンスのすぐそばにあり、少年たちは何年にも渡ってその警備の様を観察してきたのです。国境には二重にわたって鉄条網が張り巡らされているけれど、それを越えるのは何ほどのこともない。巡邏の兵士も時間を読んでやり過ごすことができる。問題は鉄条網の間に設置された地雷原です。これを越えるのは賭けになる。しかし少年たちは「安全に」そこを越える方法を知っていました。
そう、国境を越すための手段が一つある。その手段とは、自分の前に誰かにそこを通らせることだ。(228頁)。
双子は、自ら国境を越えるために、「自分の前に」父親を地雷原に送り込み、その屍を足場にしたのです。この父親殺しは、双子にとって最初にして最後の、自己利益のための殺人でした。自己利益のための殺人? 果たしてそれがこの物語の中でいかように許容されたのか? 代償なしというわけにはいかないことは容易に理解されるところです。だったらその代償とは何だったのだろう?
そこで一つ、映画的表現の中で、どうしても引っかかってしょうがなかった一つの要因が浮かび上がってきます。映画では、少年たちの着こなしが若干変えてあるのですね。一方はいつもシャツのボタンをはずして若干着崩しているのに、一方は常にきっちりと一番上までボタンを留めている、といった塩梅で、ふたりを差別化しようとしている印象があるのです。だけど、たぶん、それこそが何よりもあってはならない演出だったんじゃないかな。ふたりは、ほんのちょっとでも違っていたらいけなかったはず。それは揺るがしがたい大前提なのだと思う。
本来であれば、いかな一心同体の双子であれ、それが双子=ふたりの人間である以上、あって然るべき、というよりなければおかしいはずの異化作用が、この物語に於いては全く、完全に、ひとっかけらも存在しないのです。双子の間には、対話や交流や確認作業などは一切存在しないし、そもそもそうした作業が必要となる差異が存在しない。であれば、ふたりの人間として不可避な要素が欠落しているのであれば、ふたりの人間であるという前提条件を疑ってかかった方がいい。
少年はほんとうに二人いたのか、という疑問は、もちろん明言されていない以上観客の(というよりこの場合は読者の)仮説の域を出ませんし、もちろん少年は間違いなく双子であったのだ、と考えても結論に違いが出るわけではありません。それを前提にこの小説は以下のように結ばれています。
ぼくらのうちの一人が、もう一つの国へ去る。
残ったほうの一人は、おばあちゃんの家に戻る。(228頁)。
鳴り響いていた音楽がいきなりブチッと切れるような不安な幕切れ。
映画ではこの別離について、今まで少年たちが重ねてきた様々な訓練(暴力に耐える訓練、暴言に耐える訓練、優しい感情を退ける訓練、そしてもちろん殺しの訓練)の延長としての、「別離の訓練」であると説明されているのですが、わたしはその解釈では得心がいきません。訓練でないのなら何かと言えば、これこそがかれらの(あるいはかれの)代償であったのだと思う。内なる倫理に抵触する行為、自己利益のための殺人を行うことへの代償が、己の半身との決別だったのではないか。
まあ、とにかくこれが、すさまじくエキサイティングで面白い物語であることは類を見ないと思います。映画としても、ロケーションも色調もすばらしかったですし、何よりキャストが全員文句のつけようがありませんでした。特にやっぱり、双子を演じたふたりの少年は凄い掘り出し物だったと思います。あと、原作のおばあちゃんって、ガリガリに痩せこけてて子供みたいに小さいんだけど、映画のふくふくと肥え太ったおばあちゃんもよかったです。卒中で倒れた後の介護のシーンが大変そうだったけど。
・悪童日記@ぴあ映画生活
by shirakian
| 2014-10-16 18:23
| 映画あ行