2008年 12月 05日
【海外ドラマ】スーパーナチュラル/シーズン3#2
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※ストーリーには触れてませんが、若干ネタバレの可能性があります。ご注意ください。
【第2話 恐るべき子供たち The Kids are Alright】
この回は“取り替え子”のお話。
ディーンが昔、楽しい時間を過ごした女性と再会したい一心で、無理矢理事件性をこじつけて訪れたインディアナ州シセロの街で、嘘から出たまこと、瓢箪から駒、ほんとにスーパーナチュラルな事案が発生していたのであった、という流れです。地獄の門から現れいでたる新手のデーモンたちは、全く関係ナシ。ねえ、戦争はどうなったの? とやっぱりちょっぴり気になっちゃうんだけど、ま、いっか(笑)。
これがこのまま“取り替え子”がメインの話なら、シーズン1でやってきたことの繰り返しになってしまうのですが、このエピソードには、ディーンの人生の軌跡とその意味、という結構重いテーマが込められています。
レストランで電話中のサム。どうやらディーンの契約について打開策を模索中の様子。そこへディーン登場。あわてて電話を切るサム。
「いまの電話、だれだったんだ?」「い、いや、ピザを注文してただけ(汗)」
あほサム(笑)。よりによってなんでピザ(笑)? 気象情報の確認とか、時報を聞いてたとか、なんかあるでしょうに。ここでのディーンの切り返しが好きです。
「あのさ、おまえ、自分がいまいるのがレストランだってこと、気づいてるか?」
男ふたりが常に行動を共にしてるとあれば、いろいろとすれ違うこともあり、意見の対立もあり、カチンとくることもあり、一々正面からぶつかってたら、互いに身がもちません。そんなとき、スッと身をかわすのが、ディーンはうまい。ここでも決して「ふざけんな。電話の相手がだれだったのかって訊いてんだよ!」なんて無粋なことは言いません。
そしてそれから、昔のテンポラリーカノジョのもとを再訪したいと打ち明けるディーン。
「なあ、いいだろ、最後のお願いだよ!」
子供みたいにせっつくディーン。
「一体いくつ“最後のお願い”をする気だよ?」
苦笑まじりのサム。
「思いつく限りいくつでも!」
甘えきった顔のディーンはまるっきり子ども。あんたらふたり、どっちが兄でどっちが弟ですか? わたしだったらやっぱり、この状況でディーンの口から「dying wish」なんて台詞が出たら、心穏やかではいられないと思うのですが、サムは結局、第1話の冒頭の精神に戻り、「ディーンにはできるだけ優しくふるまう」ことに決めてる模様です。サムの精神力の強さは、やっぱ並じゃないと思う。
そして再会を果たしたヨガ・ティーチャーのリサ。笑顔が華やかでいいカンジ。スパナチュはほんと、女性ゲストのレベルが高くて嬉しくなります。
しかしディーンの目は、リサではなく、息子のベンに釘付け。
リサと関係をもったのは8年前。この子は8歳。それってまさか……。
しかもベン、行動形態がディーンにそっくり。言うこともやることも、ディーンにとっては既視感でいっぱい。キッパリとあなたの子じゃないと否定されても、はいそうですか、と納得できるものではなく、ディーンはなんだか落ち着かないのです。
ロックミュージックが好きで、かわいい女の子が好きで、言葉遣いがサイテーで、いじめっ子に立ち向かうガッツを持ってるベン。しかも危機的状況にあれば、落ち着いて行動し怯えている友達を宥め誘導する勇気と聡明さをあわせ持つ、オットコマエの少年。
こんな子どもを目の当たりにすると、ディーンは自ずと考えないわけにはいきません。そういう人生だってアリだったはずだ、と。なにも、大金持ちになる必要なんかない。メカニックだって消防士だってなんだっていい。悪霊退治になんか関わらず、身の丈にあった仕事をして、結婚して、子どもを作って、平凡に穏やかに暮らしていれば、この子の人生は、自分の人生とクロスしていたかもしれない。
だけど現実には、ベンとディーンの人生にはなんの接点もありません。ベンの住む世界は、ディーンのいる世界ではないのです。
リサに向けてのディーンの告白が切ない。
「きみの人生はさ、ええとつまり、この家とか、子どもとか、そういうのはおれの人生じゃないし、これからも決しておれのものにはなりはしないんだ。や、なんか、色々とあったもんだからさ、ちょっと考えちまうんだよな。おれみたいな男がさ、いつかくたばっちまったとき、あとに残るのはなんだろう? あの車以外に?」
ディーンが望んだ人生でもないのに。ディーンに落ち度があったわけでもないのに。無理矢理期限を切られ、その「人生」の総決算を迫られているディーン。かれの胸中を思うと、狭心症で死にそうになります。
結局ディーンは、
「もしおれが、この子の父親だったら、きっと誇りに思うにちがいないよ」
そうリサに告げ、リサのもとを去るのです。
「やらなきゃならないことがたくさんあるし、それに、It's not my life.」
やらなきゃならないことって、なに? だれのためにやらなきゃならないの? どうしてディーンがそれをやらなきゃならないの? どうしてディーンが? この人生がディーンの人生でないとしたら、ディーンの人生って一体なに?
ディーンの心情を慮り、視聴者が狭心症になっている一方、サムはサムで大きな問題に直面しています。第1話で登場した、「デーモンを殺せるナイフを持った女」ルビーです。
シーズン3ではこのルビーと、次の第3話で登場するベラと、ふたりの準レギュラーキャラが登場します。スパナチュは主人公がふたりだけの、しかもロードムービーなので、レギュラーキャラを出しにくい。だけど、連続ドラマとしてはレギュラーを出すことによって、エピソードの連続性を持たせたいし、あまりにも大きすぎる主役二人の負担を軽減したい。ということでの準レギュラーキャラの起用だったのだと思います。
だったら、ジム神父やアッシュを殺さなければよかったのに、と思うし、エレンやジョーはどうしたの? と思わんでもないのですが。
結論から言って、(ベラはともかく)ルビーはウザイです。非常にヤなキャラクター。役割上しかたがないのであって、ルビー役の女優さんに含むものがあるわけでは全然ないですよ?
なにがウザイって、やっぱデーモンである特性上、兄弟をいいように操ろうとするところが許せない。情報を小出しにしたり、嘘をついたり、思わせぶりな態度をとったり、善人(悪魔だけど)ぶったり、なんだか知らないけど、自分の目的を達成するための道具として兄弟を使おうとする。特になによりも許しがたいと思うのは、クロスロード・ディールをブレイクする方法があるようなことをほのめかして、サムにもディーンにも徒な希望を抱かせ、それを餌にしたことです。
そもそも初めっからこの悪魔が、契約を握っているのがリリスであることを正直に打ち明けてくれていれば、じっくりと時間をかけてリリスに対応することだってできたかもしれないのに、そうしたら、あんなむごいことにはならなかったもしれないのに。そこはしかし、なんといっても悪魔なんだから、そもそも「正直に」というのが有り得ないんだけど。そこを追求できないサムは甘いです。そのサムを追及できないディーンも甘いです。
ここで特筆したいのは、ルビーの正体が明らかになるシーンです。
「Just tell me who you are?」
あくまで穏やかにジェントルに。聡明なカレッジボーイ、家族に(っていうか、兄だけだけど)大事にされて育った優しい男の子。始めはそんな問いかけだったのに、あくまでルビーがのらりくらりと正体を明かそうとしないとみるや、優しい問いかけは鬼警部の尋問になります。別に暴力的な挙動に出るわけでもなく、繰り返す質問も全く同じものであるにもかかわらず、その迫力たるや、こいつを怒らせるのは絶対にヤバイと確信させるものがある。ジャレッド・パダレッキ、非常にうまいと思います。シーズン1と比べたら、演技がどんどんうまくなってるのが目に見えてわかるのですよ。成長株だね、パダレッキ!
【第2話 恐るべき子供たち The Kids are Alright】
この回は“取り替え子”のお話。
ディーンが昔、楽しい時間を過ごした女性と再会したい一心で、無理矢理事件性をこじつけて訪れたインディアナ州シセロの街で、嘘から出たまこと、瓢箪から駒、ほんとにスーパーナチュラルな事案が発生していたのであった、という流れです。地獄の門から現れいでたる新手のデーモンたちは、全く関係ナシ。ねえ、戦争はどうなったの? とやっぱりちょっぴり気になっちゃうんだけど、ま、いっか(笑)。
これがこのまま“取り替え子”がメインの話なら、シーズン1でやってきたことの繰り返しになってしまうのですが、このエピソードには、ディーンの人生の軌跡とその意味、という結構重いテーマが込められています。
レストランで電話中のサム。どうやらディーンの契約について打開策を模索中の様子。そこへディーン登場。あわてて電話を切るサム。
「いまの電話、だれだったんだ?」「い、いや、ピザを注文してただけ(汗)」
あほサム(笑)。よりによってなんでピザ(笑)? 気象情報の確認とか、時報を聞いてたとか、なんかあるでしょうに。ここでのディーンの切り返しが好きです。
「あのさ、おまえ、自分がいまいるのがレストランだってこと、気づいてるか?」
男ふたりが常に行動を共にしてるとあれば、いろいろとすれ違うこともあり、意見の対立もあり、カチンとくることもあり、一々正面からぶつかってたら、互いに身がもちません。そんなとき、スッと身をかわすのが、ディーンはうまい。ここでも決して「ふざけんな。電話の相手がだれだったのかって訊いてんだよ!」なんて無粋なことは言いません。
そしてそれから、昔のテンポラリーカノジョのもとを再訪したいと打ち明けるディーン。
「なあ、いいだろ、最後のお願いだよ!」
子供みたいにせっつくディーン。
「一体いくつ“最後のお願い”をする気だよ?」
苦笑まじりのサム。
「思いつく限りいくつでも!」
甘えきった顔のディーンはまるっきり子ども。あんたらふたり、どっちが兄でどっちが弟ですか? わたしだったらやっぱり、この状況でディーンの口から「dying wish」なんて台詞が出たら、心穏やかではいられないと思うのですが、サムは結局、第1話の冒頭の精神に戻り、「ディーンにはできるだけ優しくふるまう」ことに決めてる模様です。サムの精神力の強さは、やっぱ並じゃないと思う。
そして再会を果たしたヨガ・ティーチャーのリサ。笑顔が華やかでいいカンジ。スパナチュはほんと、女性ゲストのレベルが高くて嬉しくなります。
しかしディーンの目は、リサではなく、息子のベンに釘付け。
リサと関係をもったのは8年前。この子は8歳。それってまさか……。
しかもベン、行動形態がディーンにそっくり。言うこともやることも、ディーンにとっては既視感でいっぱい。キッパリとあなたの子じゃないと否定されても、はいそうですか、と納得できるものではなく、ディーンはなんだか落ち着かないのです。
ロックミュージックが好きで、かわいい女の子が好きで、言葉遣いがサイテーで、いじめっ子に立ち向かうガッツを持ってるベン。しかも危機的状況にあれば、落ち着いて行動し怯えている友達を宥め誘導する勇気と聡明さをあわせ持つ、オットコマエの少年。
こんな子どもを目の当たりにすると、ディーンは自ずと考えないわけにはいきません。そういう人生だってアリだったはずだ、と。なにも、大金持ちになる必要なんかない。メカニックだって消防士だってなんだっていい。悪霊退治になんか関わらず、身の丈にあった仕事をして、結婚して、子どもを作って、平凡に穏やかに暮らしていれば、この子の人生は、自分の人生とクロスしていたかもしれない。
だけど現実には、ベンとディーンの人生にはなんの接点もありません。ベンの住む世界は、ディーンのいる世界ではないのです。
リサに向けてのディーンの告白が切ない。
「きみの人生はさ、ええとつまり、この家とか、子どもとか、そういうのはおれの人生じゃないし、これからも決しておれのものにはなりはしないんだ。や、なんか、色々とあったもんだからさ、ちょっと考えちまうんだよな。おれみたいな男がさ、いつかくたばっちまったとき、あとに残るのはなんだろう? あの車以外に?」
ディーンが望んだ人生でもないのに。ディーンに落ち度があったわけでもないのに。無理矢理期限を切られ、その「人生」の総決算を迫られているディーン。かれの胸中を思うと、狭心症で死にそうになります。
結局ディーンは、
「もしおれが、この子の父親だったら、きっと誇りに思うにちがいないよ」
そうリサに告げ、リサのもとを去るのです。
「やらなきゃならないことがたくさんあるし、それに、It's not my life.」
やらなきゃならないことって、なに? だれのためにやらなきゃならないの? どうしてディーンがそれをやらなきゃならないの? どうしてディーンが? この人生がディーンの人生でないとしたら、ディーンの人生って一体なに?
ディーンの心情を慮り、視聴者が狭心症になっている一方、サムはサムで大きな問題に直面しています。第1話で登場した、「デーモンを殺せるナイフを持った女」ルビーです。
シーズン3ではこのルビーと、次の第3話で登場するベラと、ふたりの準レギュラーキャラが登場します。スパナチュは主人公がふたりだけの、しかもロードムービーなので、レギュラーキャラを出しにくい。だけど、連続ドラマとしてはレギュラーを出すことによって、エピソードの連続性を持たせたいし、あまりにも大きすぎる主役二人の負担を軽減したい。ということでの準レギュラーキャラの起用だったのだと思います。
だったら、ジム神父やアッシュを殺さなければよかったのに、と思うし、エレンやジョーはどうしたの? と思わんでもないのですが。
結論から言って、(ベラはともかく)ルビーはウザイです。非常にヤなキャラクター。役割上しかたがないのであって、ルビー役の女優さんに含むものがあるわけでは全然ないですよ?
なにがウザイって、やっぱデーモンである特性上、兄弟をいいように操ろうとするところが許せない。情報を小出しにしたり、嘘をついたり、思わせぶりな態度をとったり、善人(悪魔だけど)ぶったり、なんだか知らないけど、自分の目的を達成するための道具として兄弟を使おうとする。特になによりも許しがたいと思うのは、クロスロード・ディールをブレイクする方法があるようなことをほのめかして、サムにもディーンにも徒な希望を抱かせ、それを餌にしたことです。
そもそも初めっからこの悪魔が、契約を握っているのがリリスであることを正直に打ち明けてくれていれば、じっくりと時間をかけてリリスに対応することだってできたかもしれないのに、そうしたら、あんなむごいことにはならなかったもしれないのに。そこはしかし、なんといっても悪魔なんだから、そもそも「正直に」というのが有り得ないんだけど。そこを追求できないサムは甘いです。そのサムを追及できないディーンも甘いです。
ここで特筆したいのは、ルビーの正体が明らかになるシーンです。
「Just tell me who you are?」
あくまで穏やかにジェントルに。聡明なカレッジボーイ、家族に(っていうか、兄だけだけど)大事にされて育った優しい男の子。始めはそんな問いかけだったのに、あくまでルビーがのらりくらりと正体を明かそうとしないとみるや、優しい問いかけは鬼警部の尋問になります。別に暴力的な挙動に出るわけでもなく、繰り返す質問も全く同じものであるにもかかわらず、その迫力たるや、こいつを怒らせるのは絶対にヤバイと確信させるものがある。ジャレッド・パダレッキ、非常にうまいと思います。シーズン1と比べたら、演技がどんどんうまくなってるのが目に見えてわかるのですよ。成長株だね、パダレッキ!
by shirakian
| 2008-12-05 22:14
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