2008年 11月 22日
その土曜日、7時58分
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『十二人の怒れる男』のシドニー・ルメット監督が、80歳を過ぎて尚、現役バリバリであることを示してくれた快作であります。
ルメット監督と言えば、『怒れる男』が実は、映画監督としてのデビュー作なのだそうですね(前身は俳優→テレビの演出家)。デビュー作にしてあの完成度とは、ほんとに舌を巻きます。その他のルメット作品というと、『盗聴作戦』(1971、クリストファー・ウォーケンの若さが痛ましい)、『評決』(1982、在りし日のポール・ニューマンが酒びたりの弁護士の一発逆転劇を好演)、『ファミリージビネス』(1989、ショーン・コネリー、ダスティン・ホフマン、マシュー・ブロデリック。三世代の演技派が揃い踏みしたファミリークライムストーリー)、『Q&A』(1990、ニック・ノルティが史上最低の汚職刑事を)、『NY検事局』(1997、アンディ・ガルシアが苦悩する検事補を好演) あたりをわたしは観てきましたが、どれもやはり、社会派と言われるテーマのサスペンス作品でありながら、いずれもまた劇中人物の苦悩が滲み出てくるような、深い人間ドラマが織り成されています。
『その土曜日、7時58分』もその例外ではなく、一つの小さな犯罪を発端として、転落していく兄弟の姿を描きながら、兄弟とそれぞれの家族との、秘められた心のドラマがじっくりと描かれていきます。秀作だと思います。
……ただ、これ、邦題がよくないの。なんかいっつも邦題にはケチをつけてるような気がするけど、でも、客観的に冷静に考えて、このタイトルで人々の記憶に残ると思いますか? 「昨日何観た?」と訊かれて、すんなりこのタイトルが出てきますか? 「最近面白かった映画は?」と訊かれて、「ルメットの最新作は?」と訊かれて、このタイトルがすんなり出てきますか? 「7時58分」とか勝手に日本の配給会社に言われても、映画としてはその時刻に、特に拘る必然性はない。たまたま犯罪が行われたのがその時間だっただけです。どうもこう、邦題が悪くて良作が葬り去られる例再び、という感じがして、釈然としないです。
それより、『BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD』というインパクトのあるオリジナルタイトルがあるのだから、素直に直訳すればよかったところ。
物語はこうです。一見勝ち組と負け組みに分かれてしまったかに見える、アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)とハンク(イーサン・ホーク)の兄弟。妻のジーナ(マリサ・トメイ)をリオデジャネイロに旅行に連れて行く甲斐性のあるアンディと比べて、ハンクの方は離婚した妻に娘の養育費すらまともに払えないどん底生活。元妻はもちろん、娘からもルーザー認定をされちゃっております。しかし、人間、表面だけではわからない。ある日ハンクは、ほかならぬアンディから、強盗計画をもちかけられるのだった……。
というわけで、一見順調そのものに見えていたアンディは、会社の金を使い込んでどつぼに嵌っており、ハンクに負けないほど金を必要としていたのです。そのアンディが計画した強盗というのが、年老いた実の両親が営む宝石店の襲撃。兄弟はふたりともその店でバイトしたことがあり、内部事情はばっちり把握している上に、夫婦経営の宝石店の警備がいかに脆弱であるかも知り抜いています。そしてもちろん、商品には保険がかけられているので、両親に実質的な損害がないこともわかっている。計画は、まっことピース・オブ・ケイクに見えたのですが。
もちろん犯罪は失敗します。どんなときでも、思いがけないアクシデントは起こり得るもの。怖気づいたハンクがプロの犯罪者を計画にひっぱりこんだために、結局、店番をしていた母親を殺してしまうはめに陥ったのでした。
この物語のメインラインはもちろん、こうした「完璧に見えた犯罪計画が些細な齟齬からどんどんドツボに嵌っていく」というディザースターを描いた部分にありますが、一方でそれだけではなく、ルメット監督は、アンディとハンクのみならず、父親のチャールズ(アルバート・フィニー)をもからめたハンソン家の「家庭の事情」へも斬りこんでいきます。何よりもエキサイティングなのは、ひとの心に潜む闇。何よりもおぞましいのは平和な家庭に秘められた澱。
徹頭徹尾ダメ男で、元妻からも娘からも軽蔑されており、強盗計画をダメにした張本人であるハンクは、その一方で、ちゃっかりアンディの妻のジーナと情事を交わしていました。しかも、アンディにとってハンクは、妻を寝取っただけではなく、両親(特に父親)の関心も奪い去った男であり、「パピーライクなかわいい顔で無条件に親に愛される」弟だったのです。優秀な兄であるはずのアンディは、ルーザーであるはずのハンクの陰で、家族の中で常に人知れず孤立感を感じていた。そんな思いは、いままで全く表面に現れることもなく、かれの心の中だけでくすぶってきたのですが、この事件が引き金となり、最悪の形で噴出してしまいます。
そして、最愛の妻を殺されたアルバート・フィニーは、妻の仇を討つために、事件捜査にのめりこんでいくのですが、その過程で、実の息子たちがしでかした真実に辿り着いてしまう。それを知ったフィニーの行動は? というのが衝撃のラストに繋がっていきます。
いい役者を揃え、それぞれの役者が十分に持ち味を生かして、じっくりと演じている緊迫感がたまりません。特に、ダメ男のダメっぷりをいかにもダメに演じきったイーサン・ホークのダメっぷりには、見ていて胃が痛くなるほどイライラさせられてしまいます。フィリップ・シーモア・ホフマンは、抑制から爆発への移行が神がかり的、アルバート・フィニーは言うまでもなく貫禄です。そしてわたしには、ちょっと優等生ぶりが鼻につくように感じられていたマリサ・トメイも、利己的で弱い人間ながら、危険回避の嗅覚にすぐれ、他人に寄生するのが巧みな、女のあるタイプの典型を演じて非常にうまいです。
ところでこの映画、R18指定になってるんですけど、それってやっぱり映画冒頭にあるPSHとマリサ・トメイの夫婦の営みの描写のせいだったのかしら? 確かに、マリサ・トメイは、ちょっとびっくりの熱演でしたが、それにしてもそれだけでR18? やっぱ問題は、トメイというよりPSHだったのかも。かれが名優であることは全く否定しませんが、だからって、PSHのヌードをガチで見せられるのはツラすぎる(笑)。(ちなみに、殺人を含む暴力描写や麻薬吸引のシーンなんかもあるので、R18は妥当なとこです)。
ルメット監督と言えば、『怒れる男』が実は、映画監督としてのデビュー作なのだそうですね(前身は俳優→テレビの演出家)。デビュー作にしてあの完成度とは、ほんとに舌を巻きます。その他のルメット作品というと、『盗聴作戦』(1971、クリストファー・ウォーケンの若さが痛ましい)、『評決』(1982、在りし日のポール・ニューマンが酒びたりの弁護士の一発逆転劇を好演)、『ファミリージビネス』(1989、ショーン・コネリー、ダスティン・ホフマン、マシュー・ブロデリック。三世代の演技派が揃い踏みしたファミリークライムストーリー)、『Q&A』(1990、ニック・ノルティが史上最低の汚職刑事を)、『NY検事局』(1997、アンディ・ガルシアが苦悩する検事補を好演) あたりをわたしは観てきましたが、どれもやはり、社会派と言われるテーマのサスペンス作品でありながら、いずれもまた劇中人物の苦悩が滲み出てくるような、深い人間ドラマが織り成されています。
『その土曜日、7時58分』もその例外ではなく、一つの小さな犯罪を発端として、転落していく兄弟の姿を描きながら、兄弟とそれぞれの家族との、秘められた心のドラマがじっくりと描かれていきます。秀作だと思います。
……ただ、これ、邦題がよくないの。なんかいっつも邦題にはケチをつけてるような気がするけど、でも、客観的に冷静に考えて、このタイトルで人々の記憶に残ると思いますか? 「昨日何観た?」と訊かれて、すんなりこのタイトルが出てきますか? 「最近面白かった映画は?」と訊かれて、「ルメットの最新作は?」と訊かれて、このタイトルがすんなり出てきますか? 「7時58分」とか勝手に日本の配給会社に言われても、映画としてはその時刻に、特に拘る必然性はない。たまたま犯罪が行われたのがその時間だっただけです。どうもこう、邦題が悪くて良作が葬り去られる例再び、という感じがして、釈然としないです。
それより、『BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD』というインパクトのあるオリジナルタイトルがあるのだから、素直に直訳すればよかったところ。
物語はこうです。一見勝ち組と負け組みに分かれてしまったかに見える、アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)とハンク(イーサン・ホーク)の兄弟。妻のジーナ(マリサ・トメイ)をリオデジャネイロに旅行に連れて行く甲斐性のあるアンディと比べて、ハンクの方は離婚した妻に娘の養育費すらまともに払えないどん底生活。元妻はもちろん、娘からもルーザー認定をされちゃっております。しかし、人間、表面だけではわからない。ある日ハンクは、ほかならぬアンディから、強盗計画をもちかけられるのだった……。
というわけで、一見順調そのものに見えていたアンディは、会社の金を使い込んでどつぼに嵌っており、ハンクに負けないほど金を必要としていたのです。そのアンディが計画した強盗というのが、年老いた実の両親が営む宝石店の襲撃。兄弟はふたりともその店でバイトしたことがあり、内部事情はばっちり把握している上に、夫婦経営の宝石店の警備がいかに脆弱であるかも知り抜いています。そしてもちろん、商品には保険がかけられているので、両親に実質的な損害がないこともわかっている。計画は、まっことピース・オブ・ケイクに見えたのですが。
もちろん犯罪は失敗します。どんなときでも、思いがけないアクシデントは起こり得るもの。怖気づいたハンクがプロの犯罪者を計画にひっぱりこんだために、結局、店番をしていた母親を殺してしまうはめに陥ったのでした。
この物語のメインラインはもちろん、こうした「完璧に見えた犯罪計画が些細な齟齬からどんどんドツボに嵌っていく」というディザースターを描いた部分にありますが、一方でそれだけではなく、ルメット監督は、アンディとハンクのみならず、父親のチャールズ(アルバート・フィニー)をもからめたハンソン家の「家庭の事情」へも斬りこんでいきます。何よりもエキサイティングなのは、ひとの心に潜む闇。何よりもおぞましいのは平和な家庭に秘められた澱。
徹頭徹尾ダメ男で、元妻からも娘からも軽蔑されており、強盗計画をダメにした張本人であるハンクは、その一方で、ちゃっかりアンディの妻のジーナと情事を交わしていました。しかも、アンディにとってハンクは、妻を寝取っただけではなく、両親(特に父親)の関心も奪い去った男であり、「パピーライクなかわいい顔で無条件に親に愛される」弟だったのです。優秀な兄であるはずのアンディは、ルーザーであるはずのハンクの陰で、家族の中で常に人知れず孤立感を感じていた。そんな思いは、いままで全く表面に現れることもなく、かれの心の中だけでくすぶってきたのですが、この事件が引き金となり、最悪の形で噴出してしまいます。
そして、最愛の妻を殺されたアルバート・フィニーは、妻の仇を討つために、事件捜査にのめりこんでいくのですが、その過程で、実の息子たちがしでかした真実に辿り着いてしまう。それを知ったフィニーの行動は? というのが衝撃のラストに繋がっていきます。
いい役者を揃え、それぞれの役者が十分に持ち味を生かして、じっくりと演じている緊迫感がたまりません。特に、ダメ男のダメっぷりをいかにもダメに演じきったイーサン・ホークのダメっぷりには、見ていて胃が痛くなるほどイライラさせられてしまいます。フィリップ・シーモア・ホフマンは、抑制から爆発への移行が神がかり的、アルバート・フィニーは言うまでもなく貫禄です。そしてわたしには、ちょっと優等生ぶりが鼻につくように感じられていたマリサ・トメイも、利己的で弱い人間ながら、危険回避の嗅覚にすぐれ、他人に寄生するのが巧みな、女のあるタイプの典型を演じて非常にうまいです。
ところでこの映画、R18指定になってるんですけど、それってやっぱり映画冒頭にあるPSHとマリサ・トメイの夫婦の営みの描写のせいだったのかしら? 確かに、マリサ・トメイは、ちょっとびっくりの熱演でしたが、それにしてもそれだけでR18? やっぱ問題は、トメイというよりPSHだったのかも。かれが名優であることは全く否定しませんが、だからって、PSHのヌードをガチで見せられるのはツラすぎる(笑)。(ちなみに、殺人を含む暴力描写や麻薬吸引のシーンなんかもあるので、R18は妥当なとこです)。
by shirakian
| 2008-11-22 22:05
| 映画さ行