2016年 02月 23日
オデッセイ
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★ネタバレ注意★
・オデッセイ@ぴあ映画生活
リドリー・スコット監督のアメリカ映画です。
原題は"THE MARTIAN"。
人類3度目の火星有人探査計画アレス3。そのミッション中に砂嵐に見舞われ、撤収作業に入ったところで、マーク・ワトニー飛行士(マット・デイモン)が事故で行方不明になってしまう。状況から生存を絶望視したクルーは、ワトニーを火星に残したままヘルメス号で地球へ帰還の途につく。しかしワトニーは奇跡的に一命をとりとめていたのだ。かくて、次なる探査計画アレス4のクルーが到着するまでの4年間を単独で生き延びようとする宇宙飛行士と、かれの生存を知り救出しようとする人々の、広大な宇宙空間を隔てた壮絶な戦いが始まる。
というお話なんですけれども、これってもう、好きすぎるテーマの好きすぎる映画でほんとに好きすぎた。好き。大事なことなので四回言いました。今年はすでに『クリード』とか『キャロル』とかの凄い映画を観たし、『ブリッジ・オブ・スパイ』とゆー、やはりツボどんピシャリの映画もあったし、第一まだ二月だし、今年最高を言うにはあまりにも早すぎるのですが、ああ、それにしても好きだぁ。
なにしろリドスコ監督ですからストレスのないスピーディな演出であっという間に物語は進んでいくんだけど、あとになってよくよく考えてみれば、それぞれのシーンに詰め込まれた圧倒的な情報量は眩暈がするほど。これをみんな咀嚼してよいとは。幸せってこういうことを言うのね。
ええと、とりあえず落ち着いて、登場人物がたくさんいる映画ですので、若干整理しておきたいと思います。
まずは実際に火星に行きて帰りしアレス3計画の6人のクルー。
●マーク・ワトニー飛行士(マット・デイモン)。植物学者。
●メリッサ・ルイス准将(ジェシカ・チャステイン)。軍人。指揮官。地質学者。
●リック・マルティネス少佐(マイケル・ペーニャ)。軍人。パイロット。
●ベス・ヨハンセン(ケイト・マーラ)。システムオペレーター。原子炉技術者。
●クリス・ベック(セバスチャン・スタン)。医師。生物学者。
●アレックス・フォーゲル(アクセル・ヘニー)。天体物理学者。化学にも強い。
そして、そんなかれらを支えるNASAのスタッフ。
●テディ・サンダース(ジェフ・ダニエルズ)。NASA長官。
●ビンセント・カプーア(キウェテル・イジョフォー)。火星探査統括責任者。
●アニー・モントローズ(クリステン・ウィグ)。広報統括責任者。
●ミッチ・ヘンダーソン(ショーン・ビーン)。フライトディレクター。
●ミンディ・パーク(マッケンジー・デイヴィス)。衛星制御エンジニア。
更に、ワトニー救出ロケットを飛ばしたJPL(ジェット推進研究所)のエンジニアたち。
●ブルース・ン (ベネディクト・ウォン)。JPL所長。
●リッチ・パーネル(ドナルド・グローヴァー)。若手研究員。
そしてかれらと協力してワトニーを救出する中国国家航天局の面々。
●グオ・ミン(エディ・コー)。主任科学者。
●チュー・タオ(チェン・シュー)。 副主任科学者。
孤立無援のサバイバルを余儀なくされたマーク・ワトニーですが、そこには前ミッションから残留保存されていた大量の資材や、次のミッションのためにあらかじめ送り込まれていたヴィークルなどもあり、何よりかれの頭脳の中には膨大な知識の集積があって、全くの徒手空拳というわけではないんですが、それにしたって単独サバイバルを想定した環境ではなく、ましてや4年もの歳月を生き延びるなんて、想定外というよりむしろジョークに近い。
だけどそんな中で、知恵と工夫の限りを尽くし、どうにもなりそうにない状況をなんとかしてしまうというその爽快感。わたしなんか二桁の足し算が覚束ないニンゲン(なのか?)ですので、科学者がやってのける科学的問題解決なんて、全てが魔法にしか見えないわけですよ。ってことは、これって、目くるめく魔術の饗宴を描いたマジカルランドの物語なわけですよ。面白くないハズないじゃない?
そんなレベルのニンゲン(なのか?)に言われたくないとは思いますが、火星におけるワトニーのサバイバルや、地球上での科学者たちのサポートに関する描写って、実際わかるひとがみたら色々問題もあるのかもしれないけれど、鑑賞していて、そんなマサカ、と気持ちが萎えるような描写が一切ないのです。全てフェアで合理的な解決に「思える」。それがいい。何よりもいい。
そしてもひとつ大事なことは、出てくる人々がみな、極めて強靭なパーソナリティの持ち主であるということです。無駄にメソメソと落ち込んだり、切れて暴言吐きまくったりするひとがひとりもいない。誰もがみな、そんなつまらないことに時間を費やしたりせず、文字通り命がけのワトニーにしろ、不眠不休のJPLのエンジニアたちにしろ、政治との板挟みで苦渋の選択を強いられる長官のサンダースにしろ、確実に今できることにフォーカスして全力で今できることをする。それが結局、結果に繋がっていく。これはほんとに凄いことだし、この上なく気持ちいい。
中でも特に、常にユーモアを忘れないワトニーのキャラクターがあまりにも秀逸で、この清々しい映画のトーンを決定しているのはやはりワトニーだし、そんなワトニーを説得力たっぷりに演じ切ったマット・デイモンは何と言っても当代随一の役者さんなんである。
そしてワトニーの健全なユーモア感覚とガップリ四つに組むマイケル・ペーニャのマルティネス操縦士がまたいい。ワトニーの生存を諦めて火星を離れてしまった後でワトニーが生きていたことを知らされたヘルメス号の乗員が、初めてワトニーと通信するシーンがあります。マルティネスが通信を担当したのは、マルティネスとワトニーが単なるチームメイトという以上の親友同士だったから。
そこでマルティネスは言うのですね。
「置いてきちゃってごめんよ、ほら、やっぱおれら、おまえのこと嫌いだし。それに第一、植物学者なんかいたって何の役にも立たないじゃん?」
それを聞いて(っていうかテキストを読んで)当のワトニーは怒るどころか受けまくってる。
ふたりの、そしてクルー全員の、ひいては宇宙なんぞに挑もうとする途方もないメンタリティーを持った科学者というクラスタの、関係性や特性が端的に表現された名シーンなんであります。
さきほどNASA長官のサンダースが「政治との板挟みで苦渋の選択を強いられる」と書きましたけど、それこそ天文学的な予算をつぎ込む巨大ミッションであるだけに、どの方面を向いてもプレッシャーが山積みであることは想像に難くないわけですが、中でも何よりこの火星探査に関わる情報を、NASAが一切包み隠さず逐一世界に向けて発信し続けた、ということが大きいのです。そのためサンダースは、ワトニーの死体がカメラに映ることにより、惑星探査に対する世論が変化することを恐れて遺体の回収すら嫌がったくらい。だけどそうは言っても、やっぱり隠蔽はしない。情報は世界と共有する。見上げたフェアな姿勢なわけです。
そんな公正さの最大の成果は、NASAが問題解決に中国の手を借りることができた点です。中国だって今やアメリカに勝るとも劣らぬ大国なわけですから自前の惑星探査計画ぐらい持っていて、もちろん火星探査だって準備おさおさ怠りない。なのでNASAが困っているのを知った中国国家航天局のグオ・ミン主任は首をかしげる。
「なんでアメリカは我々に援助を要請してこないんだ? 太陽神には火星に行くのに十分な燃料があるのに?」
それに対してチュー・タオ副主任が答える。
「うちに太陽神があること、知らないんじゃないですか? 極秘計画ですし」
なんかこの辺の大らかな雰囲気も凄く好きですね。中国をワルモノに仕立て上げず、科学に国境はなし、とばかりスムースに協力関係が構築されるのも嬉しい。そしてちょっぴり悲しいのが、この時アメリカを助けたのが日本じゃなかった、ってことっすかね。渡辺謙さんあたりに「種子島宇宙センターには火星に行くのに十分な燃料が」とか言ってほしかったんだけれどもねぇ。
ことほど左様に色々と好きすぎる映画だったんですが、唯一難を言えば、ジェシカ・チャステインが演じたルイス船長。この映画の中で唯一、ネガティブに感情的な言動をするひとだったので、もっと毅然としていてほしかったです。
撤収を決意したのもワトニーを置き去りにしたのも、全てはその時点での合理的判断によるものだったはずなのに、ワトニーがあんなことになったのはみんなわたしが悪いのよ、と悲劇のヒロインに酔ってる感じが鬱陶しかったし、火星軌道上でワトニーをキャッチする船外ミッションについても、当初予定では他のクルーがやることになってて、実際その予定通りで何の問題もなかったはずなのに、土壇場になって「やっぱりわたしがやるしかないわ!」としゃしゃり出てきたのも興ざめです。わたしがやるしかない、じゃなくて、やらなきゃわたしの気がすまない、でしょうが。そもそもが、安易に艦橋を離れる艦長というのが大キライ。艦長の任務は現場で危険を冒すことじゃない。事後に責任をとることだ。
あと、ショーン・ビーンがどうしてもNASAのひとに見えなくて困った……。フライトディレクターという職掌がいまいちよくわからなかった点もあるとは思うんだけど。や、この映画にショーン・ビーンが出てたのは大変嬉しかったし、思った以上に出番がいっぱいあったのも欣喜雀躍だったんですけど……やっぱりどうも、NASAのひとに見えないんだよなぁ。
最後にもうひとり、JPLの若手研究者を演じたドナルド・クローヴァーも面白い役でした。このひと、『マジック・マイクXXL』では綺麗な歌声を披露してくれたりもして、なかなかタレンティッドな役者さん。これからの活躍が楽しみですね。
by shirakian
| 2016-02-23 17:33
| 映画あ行