2016年 01月 21日
クリムゾン・ピーク
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★ネタバレ注意★
・クリムゾン・ピーク@ぴあ映画生活
ギレルモ・デル・トロ監督のアメリカ映画です。
原題も"CRIMSON PEAK"。
幼いころに母親を亡くし、富豪の父親カーター・カッシング(ジム・ビーヴァー)に溺愛されて育ったイーディス(ミア・ワシコウスカ)は、世間知らずのお嬢さんなりに作家を志していた。ある時、父親の下に資金援助を求めて現れた英国の没落貴族トーマス・シャープ(トム・ヒドルストン)と出会い、熱烈に求愛された結果、経験値の浅いイーディスはコロリと恋に落ちるが、世間知に長けた父親はトーマスに胡散臭いものを嗅ぎ取り、探偵に調査を依頼する。その結果を踏まえ、トーマスを追い払おうとしたカーターは、しかし何者かの手によって惨殺されてしまう。莫大な遺産を相続したイーディスは、トーマスと結婚し、英国にあるかれの領地でトーマスの姉ルシール(ジェシカ・チャステイン)と3人で暮らし始めたのだが。
というお話は、まずは上出来の幽霊譚です。
ニューヨークの生家に現れるイーディスの実母の幽霊は、死んだ後も尚娘の身を案じて警告を発するために現れるのですが、なにしろ死因が黒死病だっただけに、その姿はおぞましくもあさましく、陰影に富んだ古い建物の長い廊下や凝った造りのドアなどとあいまって、思わず笑いが漏れるほどの恐ろしさ。……あんまり怖いと笑ってしまうっていうのもアレなんだけれども、だってトロ監督の演出がね、幽霊の姿かたちのみならず、出現するタイミングとか、現れ方とか、現れた時の行動とか、なにもかもが完璧にツボにはまったお手本のような幽霊描写なわけで、もうこれは笑うしかないんですのよ。
そして更に、没落貴族の居城に現れたシャープ家ゆかりの幽霊たちの描写。これが、これがまた、広大で壮麗な古城だというのに、その実態は天井が抜けて雪が積もるホール、長年にわたる掘削の結果液状化した赤土が滲み出る床、その荒涼たるさまを嘆くかのように、贅を尽くした往年の栄華の残滓にあふれた見事な細部、そのようなザ・ゴジックなロケーションに現れる、クリムゾンのゴーストたち。あああ、もう、うっとりです、あまりに怖くてうっとりしてしまう恐ろしさです。……って、どうも、感情の発現に問題があるような気もしますが、うん、とにかくそのビジュアルは圧倒的に素晴らしい。
ただね、残念なことにね、この映画って実は幽霊が主眼の話じゃないのね。「結局一番怖いのは生きた人間」という話なんですよ。ホラーというよりサスペンスなの。そして、サスペンスとして見ると、話の運びが凡庸な上に、あちこちにご都合主義が目についてしまって、あまり乗れない。
犯人は誰か、動機は何か、どういう手口が用いられたのか、という殺人物の基本描写が全てお座なりに定番をなぞったもので、新味や意外性に欠けている上に、その結果起こる惨劇をヒロインが生き延びる際にも、知恵と工夫で難関を潜り抜ける、というようなこともなく、結局ナタ対シャベルの肉弾戦に帰結するし、せっかくコナン・ドイルファンなんて属性を与えて探偵役を務めるのかと思われたイーディスの友人である医師のアラン・マクマイケル(チャーリー・ハナム)が特に何の活躍もせず終わってしまうし。
イーディスの目に事の真相が明らかになっていく描写も萎え所ですが、それ以上に、幽霊に脅かされたり犯罪が予想されたりする屋敷から、もう逃げ出したいと泣きが入っていたイーディスが、あわよく家から出る機会があったというのに、翌日には機嫌よく「ただいま☆」と帰ってきてしまう不自然さが気になります。イーディスが精神的にあまりにタフすぎることは、ほとんどリアリティラインに抵触しかねない。世間知らずのお嬢様のくせに、大好きな父親を亡くしたばかりのくせに。
ただ、そこにはやはりトロ監督の計算があり、イーディスのタフさというのは、彼女が幽霊に対してある種の親和性を持っていた、ということに起因しているのですね。かつて遭遇したおぞましい姿をした母親の幽霊が原体験になっていて幽霊を受け入れる素地ができていた。だからイーディスは、たとえ恐ろしいビジュアルであっても、幽霊たちが何かを自分に伝えようとしてそこにいるのだということを理解しており、その伝えたいことに耳を傾ける準備ができていた。
だからこそ、ナタ対シャベルのラストバトルの時も、まさに危機一髪というそのときにイーディスを救ってくれたのは、イーディスを守るためにそこに姿を現したイーディスを愛する者の幽霊だった。
幽霊を恐ろしいものというよりむしろ哀しいものとして描くそのフィーリングは実にピッタリきて心地よいのです。
ただひとつ、とはいえだけどせっかくのゴシックロマンなんですもの、あれだけ魅惑的なビジュアルの古城を建ててみせたのですもの、最後はやっぱり採掘過剰で進行中だった地盤沈下に、イーディスの資産を得て完成したトーマスの掘削機による一堀りがトドメとなって、クリムゾンピーク(赤土が雪に沁みだして真っ赤に染まる現象)に飲み込まれ崩壊していく古城、というスペクタクルが観たかったよねぇ。だってトロ監督の映画ですもの。残念だわぁ。
by shirakian
| 2016-01-21 17:45
| 映画か行