2010年 11月 09日
小さな村の小さなダンサー
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★ネタバレ注意★
『ドライビング Miss デイジー』のブルース・ベレスフォード監督が、実在の中国人ダンサー、リー・ツンシンの自伝を映画化した作品です。
とにかく、ダンスのシーンがとってもチャーミングなのです。リー・ツンシンを演じるツァオ・チーは、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団でプリンシパルとして活躍しているダンサー。重力なんか存在しないみたいに、高く高く軽やかに飛びます。かれの踊りを見られただけで、この映画を観た甲斐があったと思えてしまいます。
原作は、徳間書店から翻訳刊行されているようですが、映画公開に合わせてタイトルが変わっちゃってるのが残念ですね。当初、単行本で出版されたときは、原題(MAO'S LAST DANCER)に近い『毛沢東のバレエダンサー』というタイトルだったようですが、新しい文庫版は映画の邦題と同じタイトルになっちゃってる。言うまでもなく、もとの方が断然いいです。
1961年、毛沢東政権下の中国・山東省の寒村に生まれたリー・ツンシンは11歳のとき、江青による文化政策の一環として行われたバレエの英才教育に選抜される。親元を離れ、北京の舞踊学院できびしい訓練の日々を過ごしたリーに、アメリカ・ヒューストンでのバレエ研修のチャンスが訪れた。半年の期限つきで渡米したはずのリー・ツンシンは、自分が踊りたい踊りは中国では踊ることができないと、帰国を拒み、亡命を決意する。
わかりやすく手堅くまとめてあり、悪いひとがひとりも出てこない爽やかな物語に仕上がっています(江青ですら、あんまり毒がない描かれ方をしている)。
監督は、あたかもオーケストラを指揮するがごとく、はい、ここで盛り上がって! ここはハラハラして! ここは泣くとこですよ! と確実に映画全体を十全にコントロールしている感じで、だれの目にも明らかな親切設計になってます(ワルグチじゃないよ)。
たとえばこんなエピソード。全くバレエ経験がなかったにもかかわらず、500万人に一人という難関の中から選ばれた少年ツンシンは、大変柔軟な身体を持っていましたが、身体が小さくて筋肉量も少なく、体力筋力にかける嫌いがあり、一定のポーズを長時間キープするといったことが苦手でした。そのため、スパルタ体育会系のバレエ教師からは目の敵にされ、いじめに近いような罵られ方をしてしまう。しかしやがて時が流れ、リー・ツンシンは立派なダンサーに成長します。そして、アメリカ留学の候補を選ぶ会議の席上で、ツンシンのことをあんなにいじめた(ように見えた)スパルタ先生が、にっこり笑って、ツンシンこそが最高の候補だと推薦するのです(ホロリ)。
二度と会えないかとあきらめていた両親と、最高の形で再会できるシーンしかり、ツンシンを強制帰国させようとした中国領事が、結局はツンシンを暖かく見守ってくれるという展開もしかり、全編このような「いい話」がちりばめられているのですが、あざといというようなことはなく、むしろ素直にそこで「よかった」と思える作りになっています。
先生と言えばもうひとり。バレエもまた、毛沢東思想の実践の手段と洗脳された(あるいは、保身のためにそうであるふりをした)教師たちの中にただひとり、真の芸術としてのバレエを愛し、子どもたちに伝えようとしてくれた先生がいました。かれの主張は、四人組が大手を振るった当時の中国においては到底容認されるものではなく、反革命分子として飛ばされてしまうのですが、学校を去る際、かれはツンシンにそっとあるものを手渡したのです。それは禁制品のミハイル・バリシニコフの踊りを収めたビデオテープだったのでした。
舞踏学院のダンサーたちは、厳しい思想統制の下、国策としてのバレエを仕込まれ、すばらしいフィジークと完璧なテクニックを有してはいましたが、どちらかというとアスリートのようでエモーションにかけていたのですが、そんな中で、リー・ツンシンが、ダンサーとしての瑞々しい感性をはぐくんでいくことができたのは、ひとえにこの教師の存在があったからだったのです。
この先生が、伸び悩んでいたツンシンに、王様の射手の話をして聞かせるシーンがあります。王様の射手を夢見ていたが、腕力に乏しく、強弓を引くことができなかった男が、毎日丸太を運ぶ訓練を続けた結果、見事最強の弓を引くことができるようになった話です。地道な訓練を続けることだ、そうすればいつかきみは、飛ぶことだってできるようになる。
この話に感銘を受けたツンシンは、バレエ学校の小道具係に頼んで、訓練の際に脚につける重りを作ってもらいます。できあがった重りを手に、もっと重くしてほしいと頼むと、小道具係は困惑して、そんなことをしたら歩けなくなってしまうぞ? と言うのですが、それに対するツンシンの答えがいい。
走不動也走、我要飛! (歩けなくたって歩くさ、だってぼくは飛ぶんだもの!)
このね、ぼくは飛ぶんだ、と言うときの、ツンシンの瞳の輝きが(>_<)。
思うに、飛びたいと願う気持ちがあり、飛ぼうとする意志があり、飛ぶために頑張るガッツがあるひとに、飛ぶなと言ってはいけない。そんなひとは、飛ばせてあげればいい。かれらはきっと飛ぶし、しかも高く飛ぶ、遠くへ飛ぶ。
人々に対する視線が全体的にとても暖かいこの作品では、たとえばツンシンと妻のエリザベスとの関係を描くにも、思いやりが感じられます。
エリザベスもダンサーですが、ツンシンとは比べ物にならない二流の素質しか持ちません。かつて一度オープン・オーディションに受かって群舞を踊ったことがある程度。エリザベスにとってスターダンサーのツンシンの存在はまぶしく、まだ英語すら不自由なツンシンにとって、エリザベスの初々しい美しさは心惹かれてやみません。
「待って、あたし、ヴァージンなの! ヴァージンよ、わからない? つまり、セックスしたことがないの。セックスよ。わかる?」「うん! ワンツースリーフォーファイヴセックス?」「ちがーう」
なんて微笑ましいおつきあい(笑)をしてたふたりに、降ってわいたツンシンの帰国拒否。ツンシンはグリーンカードをとるためにエリザベスと結婚します。そして、ツンシンのアメリカ滞在が決まった後、あっというまに訪れた破局。意地悪く描こうと思えば、いかようにも描ける展開ですが、映画は、ツンシンが利己的な目的でエリザベスを利用したようにも描かないと同時に、エリザベスがツンシンのもとを去るには、彼女なりの切羽詰った理由があったことを丹念に描写してくれます。エリザベスは、スターダンサーとして階段を駆け上がっていくツンシンに、置いてけぼりをくらったような焦りと寂しさを感じてしまったのです。
普通ひとは、世界は決して平等なんかじゃないことをちゃんと理解していますから、むやみやたらと他人を羨んだりはしないものです。いくらアンジェリーナ・ジョリーが、美人でセクシーでスレンダーで豊満でブラピのパートナーで子宝にも恵まれてお金持ちで人権活動で評価されて本業の方も順風満帆だからといって、アンジーばっかりズルイ! と本気で思うひとは、あんまりいないと思う。だって所詮相手はアンジェリーナ・ジョリーだもの。
ところがこれが、本来「対等」であるべきパートナーについては、そうもいかないのが人間心理です。いままさに輝いているパートナーに対し、自分だけくすぶっているのは「公平じゃない」と思ってしまう。自分だけ不当な扱いを受けているような気になってしまう。
かりに、ふたりのジャンルが全く異なっていれば、エリザベスがツンシンの才能を認め尊敬し成功を喜ぶことは、(たとえエリザベス自身が自分の分野で相変わらず二流以下だったのだとしても)、ちっとも難しいことではなかったと思うのだけど、なまじ同じ土俵に立ってる(と本人が思い込んでしまった)がために、彼女の自尊心はズタズタになってしまったのでした。これを愚かな勘違いと責めることは到底できません。
あと、もうひとつ、おっ、と思ったのは、ツンシンの母親を演じたジョアン・チェンのシーンです。ツンシンの亡命が発覚した際、当然のごとく、残された家族は地元の有力者に責められる展開になるのですが(おまえの教育が悪かったからツンシンはかような反乱分子に育ってしまったんだ云々)、中国の母は強し。責められて泣き寝入りなんか決してしません。猛犬のように反撃するのですね。
なにさ、わたしの手からあの子を奪って北京に連れていったのは、あんたたちの方じゃないの、悪いのはあんたたちよ、あの子をわたしに返してよ!
土地のお偉方もこれにはタジタジ、尻尾を巻いて退散するのでした。うーん、これでこそ中国女性、と思う顛末でありました。ゴージャス美女のジョアン・チェンが、(もちろんメイクだとは思いますが)パリパリに日焼けした顔で働く農村婦人を演じていたのも感慨深いです。
あと役者さんで言えば、地味にご贔屓のブルース・グリーンウッドが出てて嬉しかったです☆ このひとはほんとにエレガントでよろしい。リー・ツンシンをヒューストンへ招聘し、世話をしてくれたヒューストン・バレエの芸術監督であったベン・スティーヴンソンの役ですが、このひとがゲイであることがはっきり伺われる仕種がまた、とてもチャーミングでエレガントです。
そして、ツンシンの亡命を助ける人権派弁護士の役で、カイル・マクラクランが出ています。マクラクラン、すっごい久しぶり! いつぶり!? と思って調べてみたらば、2000年の『ハムレット』以来でした。10年ぶりの再会だわ。ツイン・ピークスの頃に比べたら、随分渋くおなりに。弁護士の役がよく似合ってました。
『ドライビング Miss デイジー』のブルース・ベレスフォード監督が、実在の中国人ダンサー、リー・ツンシンの自伝を映画化した作品です。
とにかく、ダンスのシーンがとってもチャーミングなのです。リー・ツンシンを演じるツァオ・チーは、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団でプリンシパルとして活躍しているダンサー。重力なんか存在しないみたいに、高く高く軽やかに飛びます。かれの踊りを見られただけで、この映画を観た甲斐があったと思えてしまいます。
原作は、徳間書店から翻訳刊行されているようですが、映画公開に合わせてタイトルが変わっちゃってるのが残念ですね。当初、単行本で出版されたときは、原題(MAO'S LAST DANCER)に近い『毛沢東のバレエダンサー』というタイトルだったようですが、新しい文庫版は映画の邦題と同じタイトルになっちゃってる。言うまでもなく、もとの方が断然いいです。
1961年、毛沢東政権下の中国・山東省の寒村に生まれたリー・ツンシンは11歳のとき、江青による文化政策の一環として行われたバレエの英才教育に選抜される。親元を離れ、北京の舞踊学院できびしい訓練の日々を過ごしたリーに、アメリカ・ヒューストンでのバレエ研修のチャンスが訪れた。半年の期限つきで渡米したはずのリー・ツンシンは、自分が踊りたい踊りは中国では踊ることができないと、帰国を拒み、亡命を決意する。
わかりやすく手堅くまとめてあり、悪いひとがひとりも出てこない爽やかな物語に仕上がっています(江青ですら、あんまり毒がない描かれ方をしている)。
監督は、あたかもオーケストラを指揮するがごとく、はい、ここで盛り上がって! ここはハラハラして! ここは泣くとこですよ! と確実に映画全体を十全にコントロールしている感じで、だれの目にも明らかな親切設計になってます(ワルグチじゃないよ)。
たとえばこんなエピソード。全くバレエ経験がなかったにもかかわらず、500万人に一人という難関の中から選ばれた少年ツンシンは、大変柔軟な身体を持っていましたが、身体が小さくて筋肉量も少なく、体力筋力にかける嫌いがあり、一定のポーズを長時間キープするといったことが苦手でした。そのため、スパルタ体育会系のバレエ教師からは目の敵にされ、いじめに近いような罵られ方をしてしまう。しかしやがて時が流れ、リー・ツンシンは立派なダンサーに成長します。そして、アメリカ留学の候補を選ぶ会議の席上で、ツンシンのことをあんなにいじめた(ように見えた)スパルタ先生が、にっこり笑って、ツンシンこそが最高の候補だと推薦するのです(ホロリ)。
二度と会えないかとあきらめていた両親と、最高の形で再会できるシーンしかり、ツンシンを強制帰国させようとした中国領事が、結局はツンシンを暖かく見守ってくれるという展開もしかり、全編このような「いい話」がちりばめられているのですが、あざといというようなことはなく、むしろ素直にそこで「よかった」と思える作りになっています。
先生と言えばもうひとり。バレエもまた、毛沢東思想の実践の手段と洗脳された(あるいは、保身のためにそうであるふりをした)教師たちの中にただひとり、真の芸術としてのバレエを愛し、子どもたちに伝えようとしてくれた先生がいました。かれの主張は、四人組が大手を振るった当時の中国においては到底容認されるものではなく、反革命分子として飛ばされてしまうのですが、学校を去る際、かれはツンシンにそっとあるものを手渡したのです。それは禁制品のミハイル・バリシニコフの踊りを収めたビデオテープだったのでした。
舞踏学院のダンサーたちは、厳しい思想統制の下、国策としてのバレエを仕込まれ、すばらしいフィジークと完璧なテクニックを有してはいましたが、どちらかというとアスリートのようでエモーションにかけていたのですが、そんな中で、リー・ツンシンが、ダンサーとしての瑞々しい感性をはぐくんでいくことができたのは、ひとえにこの教師の存在があったからだったのです。
この先生が、伸び悩んでいたツンシンに、王様の射手の話をして聞かせるシーンがあります。王様の射手を夢見ていたが、腕力に乏しく、強弓を引くことができなかった男が、毎日丸太を運ぶ訓練を続けた結果、見事最強の弓を引くことができるようになった話です。地道な訓練を続けることだ、そうすればいつかきみは、飛ぶことだってできるようになる。
この話に感銘を受けたツンシンは、バレエ学校の小道具係に頼んで、訓練の際に脚につける重りを作ってもらいます。できあがった重りを手に、もっと重くしてほしいと頼むと、小道具係は困惑して、そんなことをしたら歩けなくなってしまうぞ? と言うのですが、それに対するツンシンの答えがいい。
走不動也走、我要飛! (歩けなくたって歩くさ、だってぼくは飛ぶんだもの!)
このね、ぼくは飛ぶんだ、と言うときの、ツンシンの瞳の輝きが(>_<)。
思うに、飛びたいと願う気持ちがあり、飛ぼうとする意志があり、飛ぶために頑張るガッツがあるひとに、飛ぶなと言ってはいけない。そんなひとは、飛ばせてあげればいい。かれらはきっと飛ぶし、しかも高く飛ぶ、遠くへ飛ぶ。
人々に対する視線が全体的にとても暖かいこの作品では、たとえばツンシンと妻のエリザベスとの関係を描くにも、思いやりが感じられます。
エリザベスもダンサーですが、ツンシンとは比べ物にならない二流の素質しか持ちません。かつて一度オープン・オーディションに受かって群舞を踊ったことがある程度。エリザベスにとってスターダンサーのツンシンの存在はまぶしく、まだ英語すら不自由なツンシンにとって、エリザベスの初々しい美しさは心惹かれてやみません。
「待って、あたし、ヴァージンなの! ヴァージンよ、わからない? つまり、セックスしたことがないの。セックスよ。わかる?」「うん! ワンツースリーフォーファイヴセックス?」「ちがーう」
なんて微笑ましいおつきあい(笑)をしてたふたりに、降ってわいたツンシンの帰国拒否。ツンシンはグリーンカードをとるためにエリザベスと結婚します。そして、ツンシンのアメリカ滞在が決まった後、あっというまに訪れた破局。意地悪く描こうと思えば、いかようにも描ける展開ですが、映画は、ツンシンが利己的な目的でエリザベスを利用したようにも描かないと同時に、エリザベスがツンシンのもとを去るには、彼女なりの切羽詰った理由があったことを丹念に描写してくれます。エリザベスは、スターダンサーとして階段を駆け上がっていくツンシンに、置いてけぼりをくらったような焦りと寂しさを感じてしまったのです。
普通ひとは、世界は決して平等なんかじゃないことをちゃんと理解していますから、むやみやたらと他人を羨んだりはしないものです。いくらアンジェリーナ・ジョリーが、美人でセクシーでスレンダーで豊満でブラピのパートナーで子宝にも恵まれてお金持ちで人権活動で評価されて本業の方も順風満帆だからといって、アンジーばっかりズルイ! と本気で思うひとは、あんまりいないと思う。だって所詮相手はアンジェリーナ・ジョリーだもの。
ところがこれが、本来「対等」であるべきパートナーについては、そうもいかないのが人間心理です。いままさに輝いているパートナーに対し、自分だけくすぶっているのは「公平じゃない」と思ってしまう。自分だけ不当な扱いを受けているような気になってしまう。
かりに、ふたりのジャンルが全く異なっていれば、エリザベスがツンシンの才能を認め尊敬し成功を喜ぶことは、(たとえエリザベス自身が自分の分野で相変わらず二流以下だったのだとしても)、ちっとも難しいことではなかったと思うのだけど、なまじ同じ土俵に立ってる(と本人が思い込んでしまった)がために、彼女の自尊心はズタズタになってしまったのでした。これを愚かな勘違いと責めることは到底できません。
あと、もうひとつ、おっ、と思ったのは、ツンシンの母親を演じたジョアン・チェンのシーンです。ツンシンの亡命が発覚した際、当然のごとく、残された家族は地元の有力者に責められる展開になるのですが(おまえの教育が悪かったからツンシンはかような反乱分子に育ってしまったんだ云々)、中国の母は強し。責められて泣き寝入りなんか決してしません。猛犬のように反撃するのですね。
なにさ、わたしの手からあの子を奪って北京に連れていったのは、あんたたちの方じゃないの、悪いのはあんたたちよ、あの子をわたしに返してよ!
土地のお偉方もこれにはタジタジ、尻尾を巻いて退散するのでした。うーん、これでこそ中国女性、と思う顛末でありました。ゴージャス美女のジョアン・チェンが、(もちろんメイクだとは思いますが)パリパリに日焼けした顔で働く農村婦人を演じていたのも感慨深いです。
あと役者さんで言えば、地味にご贔屓のブルース・グリーンウッドが出てて嬉しかったです☆ このひとはほんとにエレガントでよろしい。リー・ツンシンをヒューストンへ招聘し、世話をしてくれたヒューストン・バレエの芸術監督であったベン・スティーヴンソンの役ですが、このひとがゲイであることがはっきり伺われる仕種がまた、とてもチャーミングでエレガントです。
そして、ツンシンの亡命を助ける人権派弁護士の役で、カイル・マクラクランが出ています。マクラクラン、すっごい久しぶり! いつぶり!? と思って調べてみたらば、2000年の『ハムレット』以来でした。10年ぶりの再会だわ。ツイン・ピークスの頃に比べたら、随分渋くおなりに。弁護士の役がよく似合ってました。
by shirakian
| 2010-11-09 21:50
| 映画た行