2010年 02月 02日
暴走特急 シベリアン・エクスプレス
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クレッチマン劇場の15。
2008年の劇場未公開映画です。イギリス、ドイツ、スペイン、リトアニア。
なぜ劇場未公開なんだ、と首をひねりたくなるような、かなり豪華なキャストです。
主演がエミリー・モティマー、その夫にウッディ・ハレルソン、麻薬の運び屋にエドゥアルド・ノリエガ、それを捜査するロシア人捜査官にベン・キングスレー。
クレッチマンはキングスレーの同僚の役です。
そして、メンツが豪華なだけでなく、物語だってエキサイティングで面白いのでした。
「暴走特急」などというおポンチな邦題のおかげで、セガール? セガールの新作? と思ってしまいますが、原題は『Transsiberian』、およそアクションとは無縁な印象のエミリー・モティマー主演なだけに、バイオレンスもあるにはあるけど、どちらかと言うと、心理系の静かなサスペンスです。
ウラジオストクからモスクワへ、7日間で繋ぐシベリア鉄道。エミリーとウッディの夫妻は、教会の奉仕活動に参加した北京から、鉄ちゃんウッディの希望により、列車の旅を敢行します。筋金入りの鉄ちゃんウッディ、ロシアー中国間の軌線変更やら、蒸気機関車の存在やらに、ワクワクが止まりません。
しかし、楽しいはずのシベリア鉄道は、ドラッグディーラーが暗躍し、警察犬が鼻を光らすデンジャラスゾーンだったのだった!
というわけで、同じ車輌に乗り合わせたエドゥアルド・ノリエガとケイト・マーラのカップルはもちろんドラッグの運び屋だったわけで、鉄ちゃんウッディが機関車に夢中になりすぎて、うっかり乗り遅れたがために、途中下車を余儀なくされたエミリーは、ノリエガらの犯罪に巻き込まれ、自らも思わぬ罪を犯してしまうはめに。
しかも、めでたくウッディと合流を果たした次の列車で乗り合わせたのは、麻薬捜査官のベン・キングスレー! エミリー、絶体絶命か!?
ベン・キングスレーって、ほんとに国籍不明です。
ナイトの称号までお持ちの歴としたイギリス人ではあるのだけど、ざっと思い浮かべられるだけでも、アメリカ人、イラン人、インド人、ユダヤ人……変幻自在にさまざまな国籍の人間を演じていらっさる。そしてこの映画では、ロシア人の役。ロシア人が見たらどう見えるのかわかりませんけど、日本人のわたしから見たら、何の違和感もなくロシア人に見えるもんなぁ。
この捜査官が、知的で有能で良心的捜査官に見えつつ、実はかなりグレーゾーンの人物。その怪しい感じがキングスレーにピッタリです。
モスクワで行われる会議に出席しようとしているキングスレーが、ソ連時代だったら、わたしのような地位にある人間が公用で移動する場合、ファーストクラスの飛行機が使えたはずなのに、今じゃこうしてシベリア鉄道ですよ、と自嘲すると、無邪気なアメリカンのウッディが、 えっ!? あなたまさか、ソ連時代の方がよかったなんて仰るんじゃないでしょうね? だってソ連なんて、暗黒の悪の帝国だったんじゃありませんか? と目を丸くするのに答えて、
「闇の中で生きるのと、光の中で死ぬのの、どちらがいいと言い切れますか?」
なんて台詞を吐く。こんな含蓄系の台詞も、キングスレーが言うと、ずっしり重みを感じさせてくれるのです。
そして、エミリー&ウッディのキャラクター設定もうまいです。一見「無邪気なアメリカンカップル」に見えるふたりだけれど、エミリーには不安定な思春期を過ごした過去があり、ひたすら善良なだけが取り得の金物屋のウッディとは、結婚したいまでも、どこか棲む世界がちがう感じがぬけきれない。さっさと子どもを作ってアメリカンファミリーを実現させたいウッディと、完全に生活の中に根を下ろすのが怖いエミリーとは、一緒にいても温度差がある。
エミリーのキャラクターを、単に善良なアメリカンハウスワイフとせず、屈折した背景を持たせたがめに、その「犯罪後」の腹の据わった行動に、リアリティが出てくるし、一方のウッディの方にも、一見無邪気なだけの能天気な男に見せかけて、その実エミリーの葛藤や苛立ちに気づきつつ、黙って見守る度量の大きさを持たせたために、かれが示した「犯罪後」の流れに棹差すキャラクター的筋力(肉体的強さ、ということじゃないです)に説得力があるのです。
キャラクターバランスのよさには、エドゥアルド・ノリエガも大いに貢献しています。
平凡で退屈な能天気アメリカ人ウッディに対する、セクシーで口説巧みなスパニッシュガイ。いかにも犯罪に加担しているのが見え見えのいかがわしさと、ねっとりとモティマーを口説く際の、匂い立つよな濃厚なフェロモン。旅先のアクシデントで不安的な状態にあるモティマーが、ついクラクラッときてしまうにも説得力があるし、その後、本性を現わした際は、雄型ヒューマノイドの面目躍如です。
ノリエガ演じるカルロスという男は、この旅の前は、日本でスペイン語講師のバイトをしていたらしい。これはもう、さんざん日本の娘たちを餌食にしたに違いないです。せっかく純粋に語学を学びたいと思って行っても、性犯罪の前科アリのバックパッカーが先生では、危険でしょうがない。語学学校たるもの、教師は容姿ではなく、母語の教育法を学んだきちんとした講師を雇ってほしいものです。
一方のケイト・マーラのキャラ設定も、最後の(観客には予測ができてしまうけど、作劇上は)どんでん返しを有効にする、小気味よいものになっています。ノリエガとマーラの関係が、見かけと現実では全然ちがったものだった(つまりは悪党側の主張が正しかったということになりますが)、というところが、背筋にひんやりきてよいですね。だいたい、このカップルが見たまんまのカップルだったら、後味が悪すぎますもの。やはり、女は、こうでなくては!
さて、そこで、肝心のトーマス・クレッチマンですが。
待っても待っても全然姿を現わさないので、やー、もう、ほんと、出てこないのかと思いました。物語が三分の二ぐらい経過したところでようやく重役出勤ですよ。松本人志のような坊主頭でのらりくらりと現れます。
キングスレーの同僚ですから、やはりロシア人の役です。
ロシア人ですが、話の中心はアメリカ人カップルなので、言語は英語に傾きます。キングスレーは英語が堪能、という設定になっているけど、どうやらクレッチマンが演じたコルザックなる男は英語が喋れないらしく、終始無言です。台詞、全部で三つぐらいあったかな。全部ロシア語ですけど。
そしてこの男、性格設定も背景の説明も皆無な、単に冷酷で暴力的な男です。眉根ひとつ動かさず、若い娘を拷問するようなことができる。当たり前の顔をしてウッディにグリグリ拳銃を押し付けるので、ウッディがあひゃあひゃなってるのが、ちょっとおかしい(笑うところぢゃないです)。
出番があまりない、台詞がほとんどない、キャラクターとしての描写が全くない、という三重苦のキャラクター。さてここで問題です。ではなぜそんな役を、トーマス・クレッチマンにキャスティングしたのでしょう?
ナチスの将校を演じてすら人間的善良さを感じさせる繊細な演技ができるクレッチマンに、なにもこんな、サディスティックでバイオレントなだけの役をやらせなくていいのに。そういう役なら、見るからにそういう風に見える役者がほかにいっぱいいるぢゃない。『NEXT』でも、ステレオタイプのテロリストAの役をふられていましたが、それってハリウッドの偏見なのでは? この映画、リトアニア映画でしょ? もっとなんとかならなかったのかしら……。
映画としては思いがけず面白かったので、あまり文句もないのですが、もっと演じ甲斐のある役を演じているクレッチマンが見たかったです。……ロシア語、うまかった、と思うけど(わからない(>_<))。
2008年の劇場未公開映画です。イギリス、ドイツ、スペイン、リトアニア。
なぜ劇場未公開なんだ、と首をひねりたくなるような、かなり豪華なキャストです。
主演がエミリー・モティマー、その夫にウッディ・ハレルソン、麻薬の運び屋にエドゥアルド・ノリエガ、それを捜査するロシア人捜査官にベン・キングスレー。
クレッチマンはキングスレーの同僚の役です。
そして、メンツが豪華なだけでなく、物語だってエキサイティングで面白いのでした。
「暴走特急」などというおポンチな邦題のおかげで、セガール? セガールの新作? と思ってしまいますが、原題は『Transsiberian』、およそアクションとは無縁な印象のエミリー・モティマー主演なだけに、バイオレンスもあるにはあるけど、どちらかと言うと、心理系の静かなサスペンスです。
ウラジオストクからモスクワへ、7日間で繋ぐシベリア鉄道。エミリーとウッディの夫妻は、教会の奉仕活動に参加した北京から、鉄ちゃんウッディの希望により、列車の旅を敢行します。筋金入りの鉄ちゃんウッディ、ロシアー中国間の軌線変更やら、蒸気機関車の存在やらに、ワクワクが止まりません。
しかし、楽しいはずのシベリア鉄道は、ドラッグディーラーが暗躍し、警察犬が鼻を光らすデンジャラスゾーンだったのだった!
というわけで、同じ車輌に乗り合わせたエドゥアルド・ノリエガとケイト・マーラのカップルはもちろんドラッグの運び屋だったわけで、鉄ちゃんウッディが機関車に夢中になりすぎて、うっかり乗り遅れたがために、途中下車を余儀なくされたエミリーは、ノリエガらの犯罪に巻き込まれ、自らも思わぬ罪を犯してしまうはめに。
しかも、めでたくウッディと合流を果たした次の列車で乗り合わせたのは、麻薬捜査官のベン・キングスレー! エミリー、絶体絶命か!?
ベン・キングスレーって、ほんとに国籍不明です。
ナイトの称号までお持ちの歴としたイギリス人ではあるのだけど、ざっと思い浮かべられるだけでも、アメリカ人、イラン人、インド人、ユダヤ人……変幻自在にさまざまな国籍の人間を演じていらっさる。そしてこの映画では、ロシア人の役。ロシア人が見たらどう見えるのかわかりませんけど、日本人のわたしから見たら、何の違和感もなくロシア人に見えるもんなぁ。
この捜査官が、知的で有能で良心的捜査官に見えつつ、実はかなりグレーゾーンの人物。その怪しい感じがキングスレーにピッタリです。
モスクワで行われる会議に出席しようとしているキングスレーが、ソ連時代だったら、わたしのような地位にある人間が公用で移動する場合、ファーストクラスの飛行機が使えたはずなのに、今じゃこうしてシベリア鉄道ですよ、と自嘲すると、無邪気なアメリカンのウッディが、 えっ!? あなたまさか、ソ連時代の方がよかったなんて仰るんじゃないでしょうね? だってソ連なんて、暗黒の悪の帝国だったんじゃありませんか? と目を丸くするのに答えて、
「闇の中で生きるのと、光の中で死ぬのの、どちらがいいと言い切れますか?」
なんて台詞を吐く。こんな含蓄系の台詞も、キングスレーが言うと、ずっしり重みを感じさせてくれるのです。
そして、エミリー&ウッディのキャラクター設定もうまいです。一見「無邪気なアメリカンカップル」に見えるふたりだけれど、エミリーには不安定な思春期を過ごした過去があり、ひたすら善良なだけが取り得の金物屋のウッディとは、結婚したいまでも、どこか棲む世界がちがう感じがぬけきれない。さっさと子どもを作ってアメリカンファミリーを実現させたいウッディと、完全に生活の中に根を下ろすのが怖いエミリーとは、一緒にいても温度差がある。
エミリーのキャラクターを、単に善良なアメリカンハウスワイフとせず、屈折した背景を持たせたがめに、その「犯罪後」の腹の据わった行動に、リアリティが出てくるし、一方のウッディの方にも、一見無邪気なだけの能天気な男に見せかけて、その実エミリーの葛藤や苛立ちに気づきつつ、黙って見守る度量の大きさを持たせたために、かれが示した「犯罪後」の流れに棹差すキャラクター的筋力(肉体的強さ、ということじゃないです)に説得力があるのです。
キャラクターバランスのよさには、エドゥアルド・ノリエガも大いに貢献しています。
平凡で退屈な能天気アメリカ人ウッディに対する、セクシーで口説巧みなスパニッシュガイ。いかにも犯罪に加担しているのが見え見えのいかがわしさと、ねっとりとモティマーを口説く際の、匂い立つよな濃厚なフェロモン。旅先のアクシデントで不安的な状態にあるモティマーが、ついクラクラッときてしまうにも説得力があるし、その後、本性を現わした際は、雄型ヒューマノイドの面目躍如です。
ノリエガ演じるカルロスという男は、この旅の前は、日本でスペイン語講師のバイトをしていたらしい。これはもう、さんざん日本の娘たちを餌食にしたに違いないです。せっかく純粋に語学を学びたいと思って行っても、性犯罪の前科アリのバックパッカーが先生では、危険でしょうがない。語学学校たるもの、教師は容姿ではなく、母語の教育法を学んだきちんとした講師を雇ってほしいものです。
一方のケイト・マーラのキャラ設定も、最後の(観客には予測ができてしまうけど、作劇上は)どんでん返しを有効にする、小気味よいものになっています。ノリエガとマーラの関係が、見かけと現実では全然ちがったものだった(つまりは悪党側の主張が正しかったということになりますが)、というところが、背筋にひんやりきてよいですね。だいたい、このカップルが見たまんまのカップルだったら、後味が悪すぎますもの。やはり、女は、こうでなくては!
さて、そこで、肝心のトーマス・クレッチマンですが。
待っても待っても全然姿を現わさないので、やー、もう、ほんと、出てこないのかと思いました。物語が三分の二ぐらい経過したところでようやく重役出勤ですよ。松本人志のような坊主頭でのらりくらりと現れます。
キングスレーの同僚ですから、やはりロシア人の役です。
ロシア人ですが、話の中心はアメリカ人カップルなので、言語は英語に傾きます。キングスレーは英語が堪能、という設定になっているけど、どうやらクレッチマンが演じたコルザックなる男は英語が喋れないらしく、終始無言です。台詞、全部で三つぐらいあったかな。全部ロシア語ですけど。
そしてこの男、性格設定も背景の説明も皆無な、単に冷酷で暴力的な男です。眉根ひとつ動かさず、若い娘を拷問するようなことができる。当たり前の顔をしてウッディにグリグリ拳銃を押し付けるので、ウッディがあひゃあひゃなってるのが、ちょっとおかしい(笑うところぢゃないです)。
出番があまりない、台詞がほとんどない、キャラクターとしての描写が全くない、という三重苦のキャラクター。さてここで問題です。ではなぜそんな役を、トーマス・クレッチマンにキャスティングしたのでしょう?
ナチスの将校を演じてすら人間的善良さを感じさせる繊細な演技ができるクレッチマンに、なにもこんな、サディスティックでバイオレントなだけの役をやらせなくていいのに。そういう役なら、見るからにそういう風に見える役者がほかにいっぱいいるぢゃない。『NEXT』でも、ステレオタイプのテロリストAの役をふられていましたが、それってハリウッドの偏見なのでは? この映画、リトアニア映画でしょ? もっとなんとかならなかったのかしら……。
映画としては思いがけず面白かったので、あまり文句もないのですが、もっと演じ甲斐のある役を演じているクレッチマンが見たかったです。……ロシア語、うまかった、と思うけど(わからない(>_<))。
by shirakian
| 2010-02-02 21:02
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